Misha's Casket

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1952年4月、溝口健二『西鶴一代女』児井プロ・新東宝

身分などというものがなくなって、誰でも自由に恋のできる世の中が来ますように!

原作:井原西鶴『好色一代女』 構成:溝口健二 脚本:依田義賢 監修:吉井勇 撮影:平野好美 照明:藤林甲 美術監督:水谷浩 音楽:斉藤一郎 

特別出演:文楽座 三ツ和会 人形:桐竹紋十郎 太夫:竹本源太夫 三味線:豊沢猿次郎 振付:井上八千代 琴:萩原正吟

観客の目線とともになめらかに人物を追う溝口流カメラワークによって、封建時代が撮れるようになった喜びと誇りを全力で表現した、婦女子道残酷物語。溝口先生、ほんとうに女が好きなんですね……。

元禄時代を完全再現した女性の髪形・衣装がたいへん魅力的で、ポスターは天然色ですが撮影がモノクロなのが惜しまれます。

田中絹代(1909年生まれ。公開年44歳)は20歳くらいサバ読んで前半を演じてるわけで、年増なことは隠せませんが、この情感は若い女優では出せなかったでしょう。顔立ちと気品が他から抜きん出ていることがよく分かる、別の意味で残酷な場面もあります。

『白痴』と『七人の侍』の間で若さを残した三船敏郎が力量のあるところを見せますが、脚本が荒いのか、やや唐突感があるようです。

民芸の雄、宇野重吉が登場すると、すごい安心します。

人物の動きとともにカメラが延々と移動するわけですが、背景となった建物が見事なので「京都でロケハンしたんだろうなァ」と思っていたら、すべて美術監督水谷浩入魂の実物大セットでした(!)

独立プロの第一回作品で、従来の撮影所が使えないので急場しのぎのスタジオを使用したそうですが、これほどのカネはどこから出たんだ。(銀行から)

物語は女性が観ていて気分のいいもんではなく、といって男性が観て血湧き肉踊るって話じゃないですし、これは戦後8年の世の中で、戦時中の文芸に飢えていた心持ちのままに貪欲に古典と純文学を吸収していた人々と活動屋の仕事ぶりの質を見抜くマニアを唸らせたのでしょう。

男の独善性を愚かしいものとして描くところは木下と同じで、カメラワークも含めて(主演が田中であることもあって)時々記憶が混乱するくらいですが、劣等感に基づく女の嫉妬が湛える深々とした悲しさは、溝口の特色かと思われます。

男のほうもコメディ性はないわけで、なんというか、あえてその意味での面白さを削ぎ落とした潔さが「女しか撮らない男のダンディズム」といったところでしょうか。

音楽がちょっと鳴りすぎなのも溝口の特徴で、和楽器の多用は海外観客を意識しているのでしょうが、作中の効果音としてどこかで祭り囃子が鳴ってるのか、劇伴なのかがはっきりしないところが困りものです。

横スクロール的カメラが印象的なクライマックス部分に使用されたアルペジオを全篇に配置するとよかったような気もしますが、そこだけ洋楽器というのは、その瞬間の日本人離れした心の沸き立ちを象徴しているのでしょう。

現在・過去・現在と推移する複式夢幻能の構成であって、シテが歩み去って終幕となるのも能楽の終演の情緒を帯びているかと思います。あと弔いて賜びたまえ。



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