「解決すべき問題を、ひとつずつ紙に書いてみようよ」

  27, 2017 11:01
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HTML文書でもいいです。「10個ぐらいの個別の問題を順に解けばいいだけ」です。(参考:糸井重里・池谷裕二『海馬 脳は疲れない』p.286)

すると「ここは関連づけて考える必要がないところなのに混同されている」とか、これは創作物の特性として当たり前のことなのにBLだけがおかしいことにされているのは、むしろおかしいといったことが見えて来るわけです。

例えば「もともと権力者が若者を搾取する」という古典的ステレオタイプがあって、時代とともにバリエーションが増えただけなのに、バリエーションが増えたこと自体が問題視されているのは、むしろおかしいとかね。

創作物の常套手段として、この世界では「あり」ということにされているという約束事はよくあるのに、BLにおいて男同士が一目惚れすること、および作中ではそういう男たちが差別されないことが問題視されているのは、むしろおかしいとかね。

搾取的男同士は必ず男女に準じた行為をすることになっているのも、数千年来のステレオタイプが(それまで無知だった)若い女性に共有されただけなのに、若い女性の発明であるかのように言われているのは事実の歪曲であるとかね。

あくまで男性編集長が成人女流作品にGOサインを出したので全国誌に掲載され、それに触発されて同人活動も発生したことになっているのに、最初から少女の自発だったかのように言われているのは事実の歪曲であるとかね。

プロ女流およびその担当編集者が自虐したことはないのに、プロまで自虐した前提で議論が進んでいるのは証拠の捏造であるとかね。

男性プロ作家の著作者人格権の発動によって女性同人の「ジャンル」が壊滅したことがあったのに、女の子は弱者特権があるから大目に見てもらえることになっているとかね。

研究者が女性の自由として二次創作BL同人を弁護しているのに著作権問題をガン無視している件とかね。(ぜったいに少女が告訴されないように法律の見直しを求めるのが筋です)

そもそも研究者自身が「少女に異変が起きている」という仮説を立証したがっているだけであるという自己批判ができていない件、とかね。

若い人からは「エロは要らない」という声が挙がっているのに、中年が「少女の特権」とか言って自分の年齢を勘違いしてるとかね。

若い人からは「二次創作じゃなきゃダメなんだ」という声が挙がっているのに、中年が「キャラ愛などない」と言って、なんか証言した気分になっているとかね。

若い人はインターネットで「嫌儲」活動に励んでいるのに、中年がカネの話しかできないとかね。

若い人はインターネットを通じて全国から作品発表しているのに、中年が晴海に行ったことを自慢するとかね。

若い人は著作者人格権の帰属先を理解しているのに、中年が自分だけ「編集部に知り合いがいるから大丈夫」とか言ってるとかね。

中年が自分ばかり優先して、若い人をばかにするから「ついて行けない」という声が挙がっているのに、中年が気づいていないとかね。

「新宿二丁目で余計な質問をするな」という話なのに「男が二次創作BL同人誌を読んではいけません!」という話にすり替えられてしまうとかね。

ミステリードラマが好きだからといって警視庁へ押しかけたり、仁侠映画が好きだからといって暴力団事務所へ押しかけたりする人はいないのに、BL読者だけ新宿二丁目へ押しかけてしまう件とかね。

「少年愛は切ない」というのは、男同士が異常なんじゃなくて、相手が子どもだから、または子ども同士だから引き裂かれる運命にあるからだとかね。

「ノンセク」が男女のことに興味がないからといって、男同士について質問していいわけではないのに、なんか特権があるつもりになってるとかね。

ぜんぶ混同して、女性が新宿二丁目へ行って、男性に向かって「わたし同人やってたんですけど~~、吊橋理論でホモになった人が子どもに手ェ出したことありますか~~!?」って質問すれば、大問題発生です。

質問してしまう女性も、それを弁護した女性も、問題をゴチャ混ぜにして来た。まさにその「話について来れない、勘違いしやすい」という点が、残念ながら女性性そのものを証明してしまっていた。

これが旧来のBL論ですね。

当方は一つずつ「ここは問題視されていることがおかしい、ここは問題視されていないことがおかしい」と指摘しているものです。

途中で勘違いして自己主張(クレーム)したつもりで自分の足場を掘り崩してしまう人には困るのです。どちら様もあわてないようにご注意ください。


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