2017年1月22日、グランシップ静岡能『隅田川』『小鍛治』観世流

  30, 2017 11:00
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急ぎそうろうほどに。これハはや大きな船に着きにけり。

周囲にさえぎるものがなくて、いつ参ってもやたらと寒いグランシップへの道でございますが、能楽公演の時だけ能舞台が仮設される中ホール「大地」はクロークを開けてくれるので、防寒対策万全でも会場内で荷物になることがありません。ありがたいです。

能楽にドレスコードは特にありません。座りっぱなしで拝見するものですし、楽な服装で大丈夫です。けれども、着物を買ったけど着ていくところがないからお能を観に行くという発想もありだと思います。分からないからといっておしゃべりしていなければいいです。ふつうにマナーを守りましょう。

昨年の宝生流はお装束と法政大学所蔵の資料を展示。揚州周延を拝見できて嬉しかったです。今年は現役女流書家の作品展示。いずれの大学サイドからも能楽師サイドからもコラボ企画に積極的なようです。客層は明らかに平均年齢高いですが、大学生らしき姿もちらほら見られました。

中ホール「大地」に仮設される鏡板の老松は、じゃっかん可愛いです。開演前に挨拶に立つや、いきなり核心的な話に突入する本日の座長(といってもいいでしょう)は、止められる気がしない勢い。先生トークの持ちネタを言っちゃうわけには参りませんところはお察しください。

もっとも「物狂い」が統合失調症の昔の呼び方ということではないというのは能界全体の基本合意かと思われますので申し上げちゃいますと、狂言というくらいで、昔は嘘八百を並べたフィクションそのものを非推奨とする意識があったのだそうで(建前は大事です)、それにたずさわる役者を「狂」と称したのだそうです。すなわち物狂いした女というのは、芸人のことである由。

それにつけても、何度拝見しても紋服とマイクロフォンは微妙な取り合わせです。(現代の狂)

【隅田川】

じつは初見です。映画も予備知識を入れずにまずは観る方針ですが、お能もビデオなどで予習しない方針です。とは申しても聞き取りにくいのがお能の難点で、あらすじと謡本(=台本)だけは事前に読んで参ります。演出部分を実見にて確認。

脇方の力量が問われる曲だなと思いました。本日の渡守役は盤石の大ベテラン。登場曲の旋律が印象的で、笛の音色もたいへん美しいものでした。

吉田の少将つながりで『班女』とつなげて一本の映画にできないか(主演:田中絹代)とか夢想しつつ、道行に聴き惚れ……(寝落ちしてはいけない)

シテは本来、明るい人なのです。気の強い女性なのです。自信があるのです。悲しみのあまり寝込んでしまったというのではなく、北白川から飛び出して来ちゃうんだから。芸に身を助けられて路銀を得ながら、ここまで来たのです。

水色の水干をつけた寂しい中にも、そういう愛嬌を秘めた魅力的な佇まいだったと思います。

はやる心のままに舳先に座ったシテの後ろにワキが立って、去年のことを物語るのは、ちょっとすごい構図で、究極のワンシーンワンカットだなと思いながら拝見しました。そして、たったいま耳にしたことを問い直す母心が切ない。信じたくないのです。何度でも確かめたい。お願い皆さん、この土をどけて。

分かりにくいと思われがちな能楽も、基本にあるのは庶民の生活実感です。この土の下に大事な人がいると思えば咄嗟に「出してやりたい」と思う。それが「もう去年のことだから」と諭されて、弔う心に変わる。けれども諦めきれない。

地謡の合間に鉦鼓が響いて、満ち潮のように暗い情感が高まる音楽的クライマックスは、ちょっともの凄くて、作者の時代を超えた天才ぶりが知られる名場面かと思われます。そして子方使うのは反則……よくも泣かせたな。(すごく良い声でした) 

愛らしい姿に見所から微笑が漏れるのはご愛嬌。

【狂言 鈍太郎】

どうだろう、これ。フェミニストの集会へ突っ込んだら「超アウェイ」って感じになりそうです。が、女性が二人も登場するので、お狂言の中でも華やかな作品かと思われます。

面白いのは「男を持つ」って言い方(妾を持つの反対)で、なにげに女性中心・女系相続だった時代の名残があるように思いました。

二人が脇座と一の松に分かれて詞章が輪唱のようになるのはすごい演出。狂言師って言葉は最近のものだそうで、本来は能楽師・狂言方だそうです(本来と言えば申楽師が本来かもしれませんけれども)

から、能と狂言ひっくるめて「能楽」なわけですが、能楽は演劇的演出の宝庫だろうと思うのです。若い方が御覧にならないのは勿体ないです。

とくに、小劇団・お笑いコントなどをなさる方は、舞台・客席の規模からいっても、参考にできる要素が多いことと思われます。

(ただし全てが14世紀から受け継がれたわけではなく、後代・現代の創意工夫の可能性もあります)

【小鍛治 白頭】

こぎつねコンコン槌の音♪

グランシップのある「東静岡」は草薙の隣りですから、やっとこれが出て来たと言うべきか。わりと散文的な詞を中ノリに乗せてザクザク進む五番目もの。

今回、他の古典芸能(歌舞伎・文楽)とのシリーズ構成で「色」をテーマにして来て、そのトリということだったようなんですけれども、裳着胴に腰巻した紅入縫箔が本当に赤くて、童子というより美少女みたいに見えたことです。胸キュン。

しかも所作は清々しく勇ましく、髪型も黒頭じゃなくてスッキリしていたもんですから(渇食を選んだようです)、黒澤映画『隠し砦の三悪人』に出てきた男装の麗人みたい。(ややこしい)

三条あたりにお住まいだったと思われる宗近さん(後場)は紫の長絹と朱色の厚板で格調高くも華やかに。

お狐さまは白ずくめで輝いておりました。軽快に跳ね回って、飛び安座の着地もストンと柔らかくお見事。立物の狐は見た目に明るいですし、あっていいと思います。

能楽はあの、基本的に素朴な感じがいいのです。だからこそ役者の技量が問われるのです。

器楽ユニットはおなじみメンバーで、今日も絶好調。シテの声はややハイトーンで、若々しさを心がけていたのだろうと思われます。こぎつね丸を捧げると、叢雲に乗ってピューーンと飛んで行きました。

……これ、男の児に聞かせるお伽話なのです。

そう思うと、吉田の少将夫人が幼かった梅若丸の添い寝して、寝入りばなに聞かせてやっている姿が脳裏に浮かんで、ちょっと胸が詰まったことでした。


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