1959年6月、市川崑『鍵』大映

  30, 2017 11:01
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人間の老衰現象は、十歳から始まるそうです。

製作:永田雅一 企画:藤井浩明 原作:谷崎潤一郎 脚本:和田夏十・長谷部慶治・市川崑 撮影:宮川一夫 録音:西井憲一 美術:下河原友雄 照明:伊藤幸夫 色彩技術:田中省三 音楽:芥川也寸志

映画は大映。愛欲描写の凄まじさに映画化不可能を叫ばしめ、日本中に賛否の嵐を呼んだ谷崎文学を最高の適役で描く。(予告篇より)

クルボアジェを装備して臨みたいですが予算不足につき。100円で映画観て幸せですとも。(ツタヤさんありがとう)

カンヌ国際映画祭審査員特別賞。カンヌはこういうの好きなんですね。『美しき諍い女』も拝見したんですが、なんとも書きようもなく……。

こちらの原作は中央公論社より昭和31年12月初版。当方の手元にあるのは32年1月発行の第6版。定価350円。一ヶ月で6版って。「サマザマナ場合ヲ想像シテ嫉妬ヤ憤怒ニ駆ラレテヰルト際限モナク旺盛な淫慾ガ発酵シテ来ル。」(p.98)

原作のほうは、日記の公開という体裁で男性一人称と女性一人称を書き分けた技法が面白いところで、とくに後者は女流作品のパロディという意味合いを持つので挑戦的でもありますが、映像化に際してはいろいろな演出が考えられるわけです。

明るいコメディタッチにしてもいいし、淡々と撮ってもいいし、性的露出度を強めてポルノグラフィにすることさえも出来ます。

和田夏十と市川崑が選んだのは、ほの暗い背徳感と、いささかの滑稽みをまとった、サスペンスタッチでした。後年の金田一シリーズを逆に彷彿させるとは申すまでもございません。

現代の眼で見れば豪邸と申すべき舞台ですが、しょせん郊外の民家の内部で起こる日常生活の端々を再現しているわけで、観客を退屈させることは、むしろ容易なのです。

それを防ぐには、役者の顔をこれでもかと大写しにして圧迫感を強めるわけで、これは『日本橋』でも使われていた技法ですね。画面が半分影に沈んだような照明も印象的です。

『日本橋』ではお衣装がいかにも華やかでしたが、こちらでは女性陣の着るものの色合いを抑え、そのぶん、それを脱いだときの肌色の輝かしさを強調しております。

京マチ子(1924年3月生まれ、35歳)の美貌が本当に能面のようで、目の形、鼻の形、唇の形、頬のふくよかさ、化粧もありましょうが皮膚の白さなど、どこを取っても(撮っても)日本女性の理想美かと思われます。……昔の能面打ちの傍にもこんな女がいたのかもしれません。

原作も映画も性的描写の部分は現在から見ると「どこが凄まじいんだ」という程度のものですが、それだけに鬱屈した性が醸しだす禁断の情緒が魅力なわけでございます。

これが現代ふうに「夫婦で撮影会なう♪」だったらどうだろうっていう。楽しそうだけど色気はないんじゃないかなとかね。

なお、原作では夫56歳、妻45歳です。

女性の化粧が対照的なのも印象的で、京マチ子演じる母のほうは技巧的な細い眉を描いております。口紅はなし。二十歳若い設定の娘(叶順子、23歳)のほうは眉が太く、口紅が濃い。新時代の「アプレ」女性の意志の強さを表現していると思われますが、肉体の線の「こなれ」具合の違いが女優の実年齢と経験の差を思わせ、残酷といえば残酷な見世物にもなっております。

なお、当方は人物の動きの途中で画面が止まると出崎アニメを思い出す世代でございます。



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