1951年10月、小津安二郎『麦秋』松竹

  31, 2017 11:00
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みんな大きくなっていくよ。

脚本:野田高梧・小津安二郎 撮影:厚田雄春 美術:濱田辰雄 録音:妹尾芳三郎 照明:高下逸男 音楽:伊藤冝ニ 巧藝品考証:澤村陶哉 監督助手:山本浩三 撮影助手:川又昂

いちめんのむぎのほ いちめんのむぎのほ いちめんのむぎのほ。淡島千景つながり。原節子と二人でキャッキャウフフしております。なんだこの小津さんがうらやましい感じ。

昭和26年度芸術祭参加作品。1951年と聞いて「新しいな」と思ってしまう今日この頃。北鎌倉の海はひねもすのたりと、埴生の宿もわが宿にて、たのしとも、たのもしや。

……脇方が脇座につくまでに眠くなるのにも似た清らかな安らぎに満ちております。オープニング音楽の曲調や出演メンバーによる木下作品との混同を自戒しつつ。

2003年に監督生誕100周年記念として発行されたDVDのようで、画像はたいへんきれいです。イサムちゃんはたいへん可愛いです。

『晩春』は父娘の静かな暮らしの底に娘の鬱屈が渦巻いて、表面的な穏やかさのわりに不安感に満ちた息詰まるお話でしたが、こちらは大家族および友人たちとの会話に重点を置いた明るいコメディタッチのようです。団塊の世代の成長期なので子どもが多いです。

東京のせまい民家を完全再現したセットは生活感を醸しだす情報量がものすごく、多人数家族の人間関係が台詞の端々からそれとなく知られる脚本術も印象的。建具の陰から斜めに透かした異様な構図と、画がデジタル時代のようにプツッ、プツッと素早く切り替わるのも印象的。電車の中の笠智衆の隣の隣に美青年がいます。(そこは注目しなくていいんだ)

いちおう占領下だけど生活はだいぶ落ち着いたもよう。白飯を食べる場面が目につくのは、食べることのできる喜びを何気なく表現しているのでしょう。物価は上昇しつつあったようです。それにつけても麒麟麦酒のシェアは高そうです。(そこもいいんだ)

嫁いだ女、嫁がない女。たいへん古風な可愛いアプレゲールたちは、男を見る眼もなかなかに確かなようです。嫁いだ女が自らを誇るのは、不自由な暮らしを選んだ自分を正当化したいからなのでしょう。

思うに「夫が仕事に出るのに私だけ娘気分で遊びに行っちゃ悪いわ」ってことだったのでしょうが、だったら自分も仕事に行けよという発想は、まだなかった時代。

物語の決め手となるヒロインの台詞は、家族(とくにお兄さん)も心配してくれていることを分かっているからこそ、ハッキリ言っちゃ悪いわという気持ちが働いていたのでしょう。

「ヘンタイか」という言葉の続きを聞いてみたかった気もします。当時の人は、じゃあ仕方ないなと言ったのか、俺が治してやるとでも言ったのか。

男の前時代的な独善、引いているようで一歩も引かない女、小さな胸にあふれていた期待。それぞれの矜持。小さな事情が積み重なって、小さな山場。結婚話に終始しつつも、女性の人権・民主化を印象づけるプロパガンダ映画ではなく、都会生活の諷刺が主眼でもないところが味噌。果たして真の主役は? (観てのお楽しみ)

これだけ濃密な人間ドラマを描いておいて、人のいなくなった後の空間に思いを残すというか、フェティッシュを感じるというか、奇妙なショットがあることです。ちょっと他の監督にはない表現ですね。わざわざズームしているので編集の不手際ってことではなさそうです。ときどきカメラが動揺するのはご愛嬌。

1951年のモノクロ映画は、今から見ると信じられないほど古いように感じますけれども、トーキーが日本に入ってきたのは昭和6(西暦1931)年。すでにこの時点で20年も前です。

それより前には、長回しによる剣戟アクション描写が観客を沸かせていた無声映画の時代があったわけで、このたいへん手間ひまかけて撮影・編集した日常的映画というのは、この時点ではたいへん斬新な表現だったのだと思われます。

後世の人々がこの話法に私淑したので、今の眼で観ると当たり前のような気がして、ことの重大さを見逃してしまいそうですが、アクションでもロマンスでもミステリーでもない。むしろいい度胸してるというべきでしょう。

この斬新と平凡の混合した奇妙な徹底的リアリズムを撮っていた時点で、小津はどれほどこれが後世にとって貴重な記録映像の価値を持つことを意識していたのか。(たぶん250パーセントくらい)


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