【犬神家の一族語り】佐清だけを待っていた。

  16, 2012 14:17
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午前中は家じゅう引っくり返して大掃除。嗚呼ちかびれた。

外は富士山麓。お茶栽培が盛んな辺りで湿気が多い。この一週間ほど、まるで今年の大河ドラマのように空気が常に白くガスっている。今日は風があって、戸外はある程度涼しい。なのに、家は和洋折衷の中途半端な文化住宅で風通しが悪いorz 明らかに間取りが間違っている。盛大にリフォームしたいが、まぁ先立つものはない。

信州の湖畔の旧家は涼しかったのだろうなァと思いを馳せながら、ほうきを動かしつつ変な遺言を再考してみる(家事労働中は脳内がヒマ) 基本的には前に書いたのと同じ話。ネタバレなので映画未見の方はご注意ください。
惨劇を起こすためにわざと変に書いた、映画上の小道具なのだから、真面目に考える必要はないといえば言える。
が、同じようにナンセンスな映画上の小道具である007のアストンマーチンが車として機能する(=走る)のと同じように、あの遺言も筋が通っていないことはない。

佐清は「終戦まもなく外地から連絡があった」のだから、戦争自体は生き延びたと知れた。が、それから一年半経ち、引揚援護局の多くが閉鎖されても、まだ帰ってこない。
映画では佐兵衛の没年が昭和二十二年であることが明示される。が、一説には、物語は昭和二十四年の出来事であるともいう。
だったら尚更「四年も待っても帰ってこない」「もはや望みは薄い」といっていいはず。引揚の際のどさくさが非常に厳しいものだったことは、昭和二十年代(原作は1950年発表)の人はみんな知っていた。

ここにきて、佐兵衛が本当に「青沼母子に報いたい」と思っていたのであれば、「もはや佐清を待たずに遺言書を開けてみろ」と言わなければならない。もし本当に佐清がすでに不帰の人であれば、「九人そろってから」を条件にしている以上、あの遺言書は永遠に開けられないからだ。

つまりあれは、実は佐清一人を待っていた。彼さえ同席していれば、珠世が彼を選んで、丸く収まることが前提されていた。

残る二人の男孫ついては、静馬に五分の二もくれてやるくらいなら、佐清と珠世を祝福してやるほうがよいってことで収まるように出来ている。
もともと次女・竹子の夫が東京支店長だから、いずれその座を佐武が、三女・梅子の夫が神戸支店長だから、その座を佐智が、それぞれに継ぐことになっていたはずで、そんなに悪い話じゃない。

静馬が逆恨みして、佐清と珠世の新婚の床を襲撃することは考えられなくもないが、この場合は犯人が静馬であることがバレバレなので、常識的に考えれば、それは起こらない。

つまり静馬はいい面の皮だ。

帰ってこないはずの佐清が帰ってきて、開けられないはずの遺言書が開けられ、珠世が一も二もなく「では佐清さんと」と言うことができなかったからこその惨劇で、「恐ろしい偶然」には違いないが、それにしても珠世の本心を確かめる前に犯人が凶行に及んだのはちょっと早計といえば言えるが、まぁいいや。

あの家も、佐兵衛臨終に際して親族が勢揃いした場面から始まったので、旧家らしい大家族のようだが、よく考えると、竹子は東京、梅子は神戸にそれぞれの家族と暮らしているはずで、ふだんは、年老いて中央政財界を引退した佐兵衛、松子、珠世の「年寄りと女」三人だけが、孫であり、息子であり、恋人である佐清の帰還だけをじっと待ちながら、静かに暮らしていたわけである。猿蔵はじめ手伝いはいたにしても、そう考えると、もの寂しい。
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