1944年11月、山本嘉次郎『雷撃隊出動』東宝

  07, 2017 11:00
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貴様。早まるなよ。

情報局国民映画。企画:大本営海軍報道部 後援:海軍省(海軍省検閲済第100号) 特殊技術監督:円谷英二

空征かば散華する屍は永遠に弔わるべく、実際の英霊の勇気と、日本映画人の良心に万丈の尊敬を籠めて敬礼を送りましょう。(小旗を振るほうが庶民らしいかな)

緻密かつ凄絶な航空戦描写は、時間にすると短いのですが、投入された特技・撮影・編集テクニックの数々と、俳優陣の気迫に圧倒されます。作中に描かれた時期的にも『ハワイ・マレー沖海戦』『加藤隼戦闘隊』の後ですが、航空三部作中の白眉にして金字塔と申してよいでしょう。

この時期の映画の常として、ノンクレジットなのが困るんですが、全篇に配された『同期の桜』をアレンジした劇伴も魅力です。監督は黒澤さんのお師匠さん。なるほど……。

三上、村上、川上、略してサンカミ!(何かのタイトルふうに)

部隊の所属や敵司令官の名前などが明示されていないので、いつの戦闘を描いたという伝記ではなく、架空戦記の一種のようです。大部分は出撃前の南方戦線あるある日常物語。

内地の観客に向けて「前線将兵の皆さんは物資不足で苦労なさっているから私たちもがんばりましょう」と呼びかける機能を持っているにはちがいないです。

同時に、作中において内地から応援の声を届ける場面があって、バーチャル交流会になっておりますが、映画そのものは内地で撮ってるはずなので、映画人たちのひそかな反戦の思いと、実際の応援の気持ちのない混ぜという、それ自体が時代の証言になっているかと思います。

椰子の木揺れる陸上基地描写のほのぼのぶりは、まったくの美化というわけでもなく、航空隊はわりと紳士的だったそうです。花札ではなくブリッジ。話し合いが「こう思うんだが、どうだろう」と民主的。

荒くれ者だけは急降下爆撃隊へ配属されたとは脚本家・須崎勝弥の証言。(DVD特典インタビューより)

俳優さんたちもどんな思いで演じていたかと思われることですが、村上の口を通じて、ほのぼのぶりの裏に不安と無念が貼りついていることを早い時点で示した場面は、沈みがちな戦友の心を引き立てようとバカ話をする川上、甘んじてイジられる三上の描写へ続いていくのでした。いいですね。

飾緒が似合う森が演じる川上は、いざというとき気後れする。犬を連れてない藤田が演じる三上は肝が太い。俳優の持ち味の活かされた人間ドラマが、脚本としても演技としても美しいです。

陸上描写はマット画を活かしたスタジオ撮影と野外ロケ、航空描写は実録フィルムと実機撮影と俳優撮影とミニチュアワークとアニメーションを細やかに編集しております。

垂直尾翼越しに飛行甲板が遠ざかる画、機銃の弾着、敵母艦から我がほうの機体を仰ぎ見るショットなど、アイディアとしても技術としても目を瞠る場面の連続です。耐えがたきを耐え、本当によく頑張りました。

なお、攻撃機の後部座席で藤田が瞑目している場面があります。

戦後の戦記文芸に、複座の戦闘機だか爆撃機だかの後席で上官が瞑目していたという描写が含まれるものがあったそうで、「複座の後席なら航法を取ってるはずだ」と指摘していた方がありました。このへんの映画から混同したイメージが広まったのだろうと思われます。

とまれ、戦意高揚映画というのは、文字通りにとらえちゃいけないものでございまして、とくにこうして今に至るまで受け継がれ、ソフト化されているものは、やっぱり時代を超えたメッセージ性を持っているのです。

これが検閲を通ったなら、作戦の結果を聞く大河内演じる基地司令官と、森演じる参謀の表情に象徴される映画人たちの本音を、海軍省も分かってはいたのかもしれません。

雷撃精神とは死ぬことと見つけたり。二度と若者たちをそんな思いにはさせますまい。



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