1965年4月、黒澤明『赤ひげ』東宝・黒澤プロ

  07, 2017 11:04
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不味い食べ物でも、よく噛んでおれば味がでてくる。

製作:田中友幸・菊島隆三 原作:山本周五郎『赤ひげ診療譚』より 脚本:井手雅人・小国英雄・菊島隆三・黒澤明 撮影:中井朝一・斉藤孝雄 美術:村木与四郎 録音:渡会伴 照明:森弘充 音楽:佐藤勝 監督助手:森谷司郎 

地球はめぐり、大気は動き、老いは逝き、若きは育つ。黒澤映画で印象的なのは、いつも風の音。たぶん諸行無常の象徴なのです。豪華キャストでお送りする原作つきなので、主人公の名前は赤ひげ三十郎ではありませんでした。ちょっと残念。

あえてモノクロ撮影。いつにもまして思わせぶりなカメラワーク。人物を積み重ねた構図が西欧美術のように濃厚です。照明もたいへん美しいです。デジタル化のときブラッシュアップはするのでしょうが、もともとのフィルムの画質もよくなっていると思われます。脚本は原作に多くを負っているのでしょうが、名台詞いっぱい。

タイトルロールと人柄の印象が重なる気もするベートーヴェンの作品に似た明るいオープニング曲が大作ぶりを示している通りで、俳優の成長ぶりも含めて、嗚呼ここまでやって来てよかったなァという円熟味に溢れております。

まずは、小石川療養所ご案内ツアー。シテが登場する前にワキ(またはアイ)がナレーションする法則。カメラの水平移動に耐える背景は、もちろん監督入魂の実物大セットなのでしょう。

お話と演出は他の時代劇作品よりも虚構性が少なく、現代劇に近いようで、原作の味わいを重視したと思われます。狂言回しが二人いるような構成になっちゃってますが、赤ひげ先生を中心に養生所がそれなりに上手くまわってるだけではお話になりませんので、うら若き加山雄三の役が重要なのでした。

その青二才ぶりや、患者の一人に施す食餌療法などは、未曾有の高度成長期にあった1965年当時の実社会の関心が、まだ貧しかった1950年代とは違ってきたことを反映しているようでもあります。

狂人描写も毎度おなじみなような気がしますが、今回の中ボス(?)はいつにも増して希臘悲劇的で、確かに人間心理のドラマ性を追求していけばこうなるよな、とは思われるところです。『白痴』から14年、精神を病んだ人が全員犯罪者のように思われるのはよくないという配慮がなされ始めたでしょうか。

そして1時間27分にすごい絵があります。そこまでやるか黒澤組。

思えば1秒間に24コマの静止画を連続投影してるだけなんですが、それがいかに本当らしく見えるか夢中で追求した挙句にここまで来ちゃったことです。

嫉妬してみたり悲劇ぶってみたり、自分の中で勝手に理屈つけて盛り上がっちゃう女たちがめんどくさいなァとも思いつつ、男だてらに女心をよく分かってるとほめてやるところなのかもしれません。(悪役とめんどくさい女がいないと、お話にはならないですし)

途中休憩つき。お医者様らしいお気遣い痛み入ります。

後半は無声映画みたいな演出が多いので吸い込まれるように拝見しましょう。雪の降る日のひんやりと湿った空気。病んだ男の汗の臭気。訪ねてくる女のいい匂い。映画では伝わらないはずの要素まで伝わってくる不思議な画面です。(子役たち演技うますぎ)

そして田中絹代と笠智衆と三津田健の存在感がすごすぎる。田中は黒澤作品初登場ですよね。(豪華キャストちょっと使いの法則)

西のほうへは、できるだけ早まって行かずに観想するだけにしましょう。BGMではない「音」がこれほど効果的に使われたことも映画史上を通じて珍しいかもしれません。大団円ぶりには座席から立ち上がって拍手を送りたいようです。

このあとちょっと間が開いたのは、諸事情あってのことですが、黒澤映画は「同じ俳優を使って、来世に生まれ変わったかのように前回の逆を演じる」ということがあって、志村喬も千石規子も無念を晴らしたみたいな役を得ていたわけで、今回は『椿三十郎』で叱り飛ばされた加山と、『天国と地獄』で悪役だった山崎努の「その後」を描いたことによって、作品世界にひと区切りついたようにも思われます。


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