日本のサブカルが田舎くさいというのはですね。

  08, 2017 11:04
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誰かが言ったことがタイムラインに乗って流れて来たもので、リツイートがなされたということは多くの人が同感したということですから(反感を持った人がさらした可能性もありますが)、最初に言ったのが誰かはもういいです。当方の目的は個人攻撃ではなく、発言内容そのものの批評です。前にも書いたんですが、もう一回書いてます。さて。

まず「日本の」と言っている以上、比較の対象が海外です。ありていにいって、ビートルズやMJに象徴される欧米の若者文化に比べて、日本のサブカルはダサいと言っているわけです。

では、日本のサブカルとは、どのような成り立ちであるか?

オペラハウスも画廊もない地方都市の、さらに郊外の中学校区にある自宅でテレビばっかり観ながら育った子ども達が、高校進学を機会にその自治体の(比較的)中心部に集まり、漫画同人会や文芸同人会に所属する。あるいは「アニパロ」同人誌というものを直接手渡されて「次のイベントに一緒に行こうよ」と誘われる。

で、行った先で他人が書いた(描いた)ものを見て「これくらいなら真似できそう」と思うわけです。地元に帰ってから、見よう見真似で原稿っぽいものを仕上げるわけです。部活動の先輩以外の師匠はいません。歴史のあるサークルに入らずに個人的に始めちゃった子は、本当に他人の猿真似です。

いっぽう、お笑いという芸が盛んな土地に生まれ育った子は、やっぱりお笑い芸人を目指すわけです。京都の大学へ行った子は、学生サークルとして生まれて初めて伝統芸能を稽古するようになって、そのままプロになっちゃったなんてことがあるわけです。

逆にいえば、サブカルまっしぐらな子というのは、そういう文化的伝統の何もない地方都市の子なのです。

一人や二人、喜劇の舞台に立った経験のある子や、京都の茶道の家の子がサブカルのほうに来ちゃったなんて例があるかもしれませんが、まず20万人の参加者のうち、9割9分がもともと何もない地方の子です。

現在の東京は、出生率のすごく低い自治体です。18歳以上になってから上京してきた子というのは、もともと地方で生まれ育った子です。アメフト選手にも、バレリーナにも、ピアニストにもならず、パリにもニューヨークにも移住しなかった少年少女です。

それは、もはや言うまでもなく、農地改革によって土地を手に入れた小作人たちの末裔であり、高度成長期の次世代であり、一億総なんとか言われたテレビの申し子であり、戦後民主主義教育の代表であり、象徴です。

それが、うっかり東京の中心部でオシャレを覚えて遊んでしまうと、服装のセンスは磨かれるかもしれないが、原稿を描く時間はなくなるわけです。

どーーしても、漫画・アニメに代表される「サブカル」は「外を向いた引きこもり」みたいなところがあって、それはもう一生抜けないのです。作品を見てもらいたいという野心はあるんだけれども、自分自身は(人により程度は異なりますが)出不精なのです。

この話を勘違いして「私は晴海のコミケに行ったことがあるから地方の子より都会的なのよ!」って言っちゃった人もあります。だから、そこで自慢しちゃうから「田舎の中学生レベルだ」って言われるのです。

業界内部で差別ごっこしてる場合じゃないのです。そのご自慢の晴海時代のコミケを含めて「日本のサブカル」が丸ごと否定されたのです。なんと答えますか?

「日本の子が日本語で出来ることを一生懸命やってるんだから、否定しちゃダメでしょ!」ですよね?

とくに、いまの中年は、まだ漫画の描き方なんて教えてくれる大学のなかった時代の叩き上げです。それが泥臭さを維持しているのなら、むしろ貴重です。

もし「これからの若者には本物の芸術を身につけさせたい」と思うなら、まずは自分が働いて、学校でも建ててやりましょう。自分で絵画教室を開いてもいいです。あなたには、なにができますか?


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