Misha's Casket

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1955年8月、木下恵介『遠い雲』松竹

姉ちゃんはそれだけでいいの? そうやって歳とってもいいの?

製作:久保光三 脚本:木下恵介・松山善三 撮影:楠田浩之 美術:平高主計 録音:大野久男 照明:豊島良三 音楽:木下忠司 監督助手:大槻義一 協力:高山市

もはや「戦後」ではなくなりつつあった頃。伝統と革新。貞節と純情。打算か? 恩愛か。

小さな町の中に終始したお話であって、『二十四の瞳』の大作ぶりに較べると小粒ですが、そのぶんギュッと濃縮した円熟味を堪能できます。

『武蔵野夫人』を連想させますが、三つ(四つか)の家族を描いていることと、背景に高山市の風物を取り込んだことによって、もうひとつ芸が細かいように感じられます。伝統芸能と流行曲の両方を活かした音楽の使い方がすごくいいです。

やっと戦中色が払拭されて、それ以前の暮らしを取り戻しながらも、新時代の波に浸されつつある町と人とを、散漫に思えるまでに淡々と撮り続けますが、開始1時間くらいから女心を描き出す筆さばきとカメラワーク冴え渡って、意外なほど心に響くお話ですから、がんばりましょう。

クレジットの現れ方が独特で、ちょっと驚くオープニング。鉄道マニア垂涎かもしれない数カットは、もはや空襲の記憶も薄れた戦後十年目の活力を伝えているようです。子役たち可愛いです。

人物がカメラに背を向けて座り込んじゃった構図や、木下には珍しい編集技など、またちょっと新しいことに挑戦しているもよう。やっぱり白飯を食べるシーンが印象的です。

開始17分、秀子登場。得意の追跡技をくりだす撮影班。立派な仕舞も拝見できるので、やっぱりこのころ能楽が解禁されたというか、一般観客の間にも関心が高まっていたのかもしれません。

いっぽうで、マンボとジャズも流行っていたもよう。レイモンド・コンデとゲイ・セプテット(陽気な7人組)がご本人出演。似たような演出が黒澤作品にもありましたが、対抗意識はあったのかどうなのか。

木下作品唯一の弱点は、若手俳優が全員似たようなタイプの美男であることなんじゃないかと思いつつ愉しく拝見するわけなんですけれども……

古い家の底に生きる古風な人妻。気が強いようで兄に甘えるアプレ女子。女の眼からは不快なまでに倣岸なオヤジ候補の長男。子どもじみた独善性を抱えたままのインテリ。芸妓の意気地。

監督の掌中の玉というべき佐田啓二の演技力が落ち着いてきたようで、たいへん頼もしいです。

脇を固める女優たちの顔は、どっかで観たけど、どこだったかな……(小津と溝口と木下とマキノ作品の印象が混ざって困る)

基本的に物静かながらも、コメディ色のまったくない悲劇風味ですが、女冥利の贅沢なお話ではあって、先の見えないハラハラ感が続きます。それにつけても汽笛の音というのは良いものです。いま万感の思いを籠めて(以下略)

序盤と同じカメラワークで観客目線を誘導した先のラストショットが印象的。話のまとまり感の良さは暫定1位。

「男性に女の生き方を教えてもらう必要はない」っていう1980年代ふうフェミニズムの言い分は、それはそれでもっともだと思うんですけれども、彼らは最高の仕事をしたんだよと申し添えておきます。

なお、田中絹代は顔立ちが老けっぽい印象があって、こわいお母さんって感じなんですけれども(そこがいい)、個人的に高峰秀子の丸い目がたいへん好きです。


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