Misha's Casket

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大人になれないから仕方がないということは、ないです。

「男女の性交ができないからといって、男同士の性交について質問しない」と自分で決めればいいだけです。

「職場で『未婚者、未婚者』といって侮辱されたからといって、自分より若い人を差別したり、人前で下半身の話をしたりしない」と自分で決めればいいだけです。

「虐待の連鎖を自分のところで止める!」と自分で決めればいいだけです。

すこし前まで、こういう考え方ができない人は、けっこういたのです。支配的だったと言ってもいいでしょう。2014年に『嫌われる勇気』が「トラウマなどない」と喝破した時、たいへん多くの読者が愕然としたわけですから。(そうでないと、劇中の青年の反応の描写が意味ないですね)

背景にあったのは冷戦体制と核の恐怖。「いつか資本主義は共産主義によって取って替わられる」という預言。その背景にあったのは「千年王国」とか「審判の日」という信仰。

キリスト教とマルクス主義が地続きであることは、日本人目線から批判するということが可能だったはずなのに、日本人はあまりにも素直に「西欧に追いつけ、追いこせ」と思って勉強したから、自分も染まってしまったのでした。外人になりたかったから、外人が間違えたところまで真似してしまったのです。

やっと気づいて「パラダイムシフト」などと言い始めたのが1980年代。だから1980年代にすでにある程度の年齢だった人は、今でも「母親(が代理する男性中心社会)のトラウマによって運命が決まっているから仕方がない」という原因論を主張する、すなわち言い訳することがあります。

【弱者特権の勘違い】

女性の弱者特権とは、男性が社会的に称賛される職業について、高い賃金を得ているのがうらやましいので、女にもやらせろ(閣僚・指揮官・教授・企業重役などにさせろ。生意気とか言うな)って意味です。その代わり、ちゃんと仕事しますって意味です。

男性が弱い者イジメしたり、犯罪をおかしたりしているので、女にもやらせろという意味ではありません。

「どうせいい仕事をさせてくれないなら、わざと悪い仕事をしてやる」というなら、ただの非行です。男性も女性も補導または逮捕され、再教育されるべきです。

「女は弱いから悪いことをしても見逃してもらえる」と言うなら、なおさら放置できないことになります。

まして、その「弱者」が実際には勤労によって賃金を得ており、そのカネを未成年者に渡す可能性があることを考えれば、もう「女には何もできない」とは言えないのです。

【二次創作の鬼門】

もしも二次創作同人が「母親のせいでアニメキャラクターに手を出さざるを得ない」というなら、そのうち本物にも手を出す連中だぞという話になってしまいます。

もしも二次創作同人が「もともとアニメキャラクターに興味はないが、カネのためならなんでもやる」というなら、そのうち海賊版も生撮り写真も売り始める連中だぞという話になってしまいます。

「絶対にそんなことはしませんとはお約束できません。だって私は厳しすぎた母親がトラウマになっているから善悪の判断ができないんですもの。突然フラッシュバックを起こして訳もわからずにやってしまうんですもの。頭がおかしくなってしまったんですもの」というなら、ほら見ろという話になってしまいます。

トラウマ原因論は、二次創作の鬼門なのです。

【フェミニズム批評批判】

はばかりながら当方の同人・BL論は、もともと「フェミニストの言ってることは偏っている」と指摘するのが目的です。バイアスが掛かっていると指摘すると言ってもいいです。

なんのためのバイアスかと言うと、もちろん女性の研究者を教授にしてくれない男性中心社会を批判するプロパガンダとして、同人活動・BL作品を利用したからですね。

実際には、同人およびコミケ一般参加者はBLしか読めないということはないし、1970年代に中高生だった人も1980年代以降は順に成人したし、同人どうしの間では「新宿二丁目などの『本物』の居場所へは行かない」という約束がある。

男性社会が横暴だから少女が何々せざるを得ない・大人になれないということはないのです。少女のままでも約束くらい守ればいいのです。

【心が実家にある人】

言い訳する人というのは、家庭の中と外を区別できない人です。

家庭の中であれば「お母さんがうるさく言うので気分が滅入ってしまい、宿題やる気がなくなってしまった」とか「ほんとうに自分の意志で大学へ行きたいのかどうか分からなくなってしまった」と言った場合「じゃあ、お母さんは黙って見守ることにするわ」という交渉が成り立つわけです。原因と結果が一致している。

けれども、社会へ出てから「職場で『未婚者、未婚者』といって侮辱されたので、ゲイの口からいやらしいことを言わせざるを得ない」というのでは、話がずれているわけですね。

本来は「会社の人に直接文句言えよ」って話です。「でも一人では怖いから、ゲイのお兄ちゃんについて来てほしいわ」というのが弱者同士の連帯ってやつです。

女性は弱者っぽい顔をすることがうまいのです。実際に体格が小さく、腕力が低い。また他の女性が「男性が乗り出してくれば引き下がる」ということも確かにあります。だから女性は男性に援軍を求める。

そもそもBLという表現が、その心理によっているわけですね。非力な女の代わりに男性にひと働きしてもらう。男を(白いベッドの)ジャングルに送り込むわけです。それはともかく。

冷静に考えると、自分の人権運動に協力してもらうにあたって、ゲイの口からいやらしいことを言わせる必要はないわけです。

人権運動を口実に新宿二丁目(に多いとされるゲイバー)を訪ねて、さっそく性的な質問をする人というのは、人権運動とBL趣味を混同している。本人にとっては一石二鳥で「うまくやった」という気分です。職場ストレスが吹っ飛んでいって、気分爽快。

でも、ゲイにはただの迷惑です。一方的に利用されただけです。



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