Misha's Casket

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女にもゲイにも自分の世界がある。

まず、女性の未婚者が「未婚者・未婚者といって侮辱」されない権利というのは確かにあります。それが損なわれる場合も多いです。また「産めないの?」などと揶揄されることもあります。

さらに男性が「俺は独身女性の生活に興味がある。一人でいるとき何してるの? やっぱりBLやレディコミを読んで興奮してるの?」などと、質問を装った性的いやがらせすることもあるでしょう。

それに対して女性が「余計なこと言わないでください!」と抗議するのであれば?

そうです。じつにこれは、ゲイが「ホモ」といって侮辱されない権利と同じなのです。また「男同士でどんな性交するの? 本当に女性とやったことないの?」などと質問されない権利と同等です。

したがいまして、もし未婚女性が新宿二丁目というところへゲイを探しに行って、上記のような質問をするのであれば、彼女自身が差別加害者になっただけです。

【女のホモソーシャル】

もし、実際の男性に向かってBLの話をしてやって「そういうことって本当にあるの?」と問うた場合?

男性は「あるよ」と答えることができます。「そういう奴もいるよ」と言うこともできます。そこで女性が「ほら御覧なさい!」と叫んだとしても、男性にとってなんの意味もありません。

「そういう奴もいるが、きみが面白がることじゃないよ」というだけです。

彼にとって、ほかの誰かが同性志向だったり、ほんとうに子どもに手を出す犯罪者だったとしても、彼自身のことではないのです。直接関係ないのです。具体的なことは何も知らないし、知っていたとしても女性に告げ口する義理はありません。

また、彼自身が同性志向だとしても、経験談を女性にしてやる義務はありません。

それはまったくのところ、女性が自分の仲間のところへ帰ってから「男の世界では本当にそういうことがあるんだって!」「マジでーー!?」といって盛り上がるという噂話でしかないのです。

つまり、噂話のネタを仕入れるために、ゲイを利用したということでしかないのです。それを「弱者同士の連帯」とか言われても、ゲイ側も困るのです。

【BL依存症】

女同士で(若くて可愛い)男の噂をして盛り上がることによって、男性優位の職場でいやなことを言われた・されたことによる陰鬱な気分が吹っ飛んでいったという効用はあり得ます。

けれども、そのこと自体によって、職場からいやな男が放逐されるわけではありません。明日もあさっても、いやな男と顔を合わせながら働くのです。そのいっぽうで、時々気晴らしのために女同士で集まるというだけです。

両立がうまく行かなくなれば「依存症」ということになります。自宅でBLを読んでいる時だけ元気で、あとは鬱病患者の一人として引きこもっていることになります。

長電話の相手がいればいいですが、これは二人して引きこもっているので、共依存ということになります。

その共依存から、どちらか一方が立ち直ろうとして交際を絶ったとき、絶たれたほうが「捨てられた、裏切られた」と感じて、鬱病を悪化させるということもあり得ます。

社会全体に恨みを転嫁して劇場型犯罪を画策することもあり得ます。女性は理系が苦手な人が多いので、めったに爆弾魔にはなりませんが、爆弾発言ということはあり得ます。

すなわち、SNSにおける露悪的な言動は劇場型犯罪の一種です。狂言自殺・摂食障害もあり得ます。

かつて「女性はBLさえ読んでいれば男性中心社会による抑圧から解放されるので幸せになれる」という新興宗教めいた言説が流行した時代もありました。

実際には、そんなに単純ではありません。

【言葉遊び】

つまるところ、ストレート女性が個人的にゲイ男性に対して「弱者同士の連帯しましょう」と持ちかけることは、ただのナンパです。

すでにレズビアンが指摘しているとおり、BLキャラクターみたいな若くて可愛い顔した男に付きまといたいだけです。それを、もっともらしく呼んでいるだけです。

売買春を「援助交際」と呼んで美化したり、著作権侵害を「表現の自由」と呼んで美化することと同じです。

ゲイ側にとって深刻な問題は、模倣の発生です。いわゆる二次創作は、すでにその実情が明かされてしまっており、深刻なバッシングも発生しており、人口の大部分が模倣したがるということはありません。

けれども、女性による二次創作は「弱者特権」と呼んで美化されており、女性の中には「男女のことが苦手な代わりに男同士に興味を持つのは当たり前」と本気で思っている人もあります。

すでに何度もご説明したとおり、それは論理的ではありません。

けれども、それを「女性の当然の権利」と称して新宿二丁目に押しかけるのであれば、ゲイの座る席がなくなります。そこは女性同士が二次創作の話題で盛り上がっているだけという「コミケ四日め」になってしまうのです。

【攻め・受けと、アッシー・メッシー】

有名な男性を「攻め」と「受け」に振り分け、女性の都合に合わせて利用するタイプの二次創作は、男性を「アッシー」「メッシー」と呼び分け、女性の都合に合わせて利用することに一脈通じています。

だてにどちらも1980年代後半のバブル時代に流行したわけではないのです。それは女性上位プレイの一種です。

だからこそ、1989年の「1.57ショック」、1990年の「M事件」、その後のバブル崩壊と続いて、社会が「今までのやり方が間違っていたんじゃないか?」という不安にとらわれると、二次創作同人活動および(いまで言う)BL作品一般へのバッシングも強まったのです。

もう「モラトリアム」などといって若者を遊ばせておくな、とくに若い女性に自由を与えすぎたのは間違いだったという意識が強まったのです。

だからこそ、フェミニストおよび専門誌『JUNE』を拠点としていたプロ作家が、自分の少女時代にまでさかのぼった「かなしい」昔話を始めてしまい、とっくに成人していた人と現役少女が混在する同人(≒コミケ出展者)とコミケ一般参加者の三者を完全に混同して、収集のつかない議論を繰り広げたのでした。(っとにまったく)

それを通じて「二次創作同人活動およびBL作品一般は、性別役割分担的社会への抗議であり、女性の弱者特権である」という認識が確立されてしまったので、著作権問題と青少年健全育成問題が閑却されたまま、2010年代を迎えたのであった……というのは、まだ記憶に新しいところですね。

【全員が40代】

1980年代に18歳未満のティーンエイジャーだった人というのは、1980年に満17歳になった1963年生まれがいちばん年上で、1989年に満10歳になった1979年生まれがいちばん年下です。

ただし、小学生のうちから新幹線に乗って晴海のコミケに通っていたという人は、いたとしても少ないでしょうから、同人・BLの話題に関係あるのは早生まれの12歳以上の中高生ということでいいでしょう。すると、いちばん年下は1977年生まれ。

つまり、今年で全員が40歳以上になります。

「40歳すぎても出産できるから楽勝」と思っていた人々が、本気であせり始めます。この世代は第二次ベビーブーマーを含んでおり、全体の人数がたいへん多いのです。しかも、インターネットもスマホもテーマパークさえもなかった時代に、少女向け雑誌にBL的なものが掲載されていたのを読みながら育ってきた人々です。

その一割でも「私は『ノンセク』だから仕方なかったの。男女のことが苦手な代わりに、男同士の性について質問させてほしいわ」といって新宿二丁目につめかければ、ゲイの座る席がなくなるのです。

「連帯」と称して、自分のゲイバー遊びを自慢する人は、ゲイの平和のために、そこまで考えてあげましたか? (百歩譲って「連帯」と称してナンパするのは個人の自由ですが、自慢しなくていいです)

【女にもゲイにも自分の世界がある】

確かに「この機会にゲイのほうが一般社会に進出すればいい。どっかのオバサングループみたいに、ファミレス中央の大テーブルを占領して騒げばいい」と言うこともできます。

けれども、お互いに迷惑です。

やっぱり彼らには男だけで会話する時間が必要です。また「ガス抜き」として女性の悪口を言う時間も必要です。だから女性がどこにでも首をつっこんで「私に配慮してくださいよ!」と言うものではないです。

あえて遠慮する。ゲイの邪魔をしない。それが女のダンディズムです。

若くてカッコいいゲイボーイを見つけたら、我がもの顔に付きまとったり、SNSでしつこく話しかけたりせずに、心の中でそっと「いい男になるのだな」って言ってやりましょう。


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