1980年代の二次創作BL小説同人の勘違い(2)

  15, 2017 11:02
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1969年初頭に連載開始した、わたなべまさこ『ガラスの城』が小学館漫画賞を受賞しておりますが、これは従来型の少女物語の行き着いた先のホラーまたはサスペンスですね。

当時の少女は「怖いけど面白い」と思ったことでしょう。女子高生どうしのイジメは『青い山脈』にも描かれているとおりで、古いテーマです。吉屋信子の作品の要素の一つでもありますね。

それが、ここまで来てしまった。少女が男性顔負けの権力を持てば、こういうことも起き得る、と。女性解放の行き着いた先です。1970年11月には日本初のウーマンリブ大会が開催され、三島由紀夫は市ヶ谷に突入しました。

萩尾望都『ポーの一族』が小学館漫画賞を受賞したのは、その後です。

それは、女だてらにイギリス発祥のゴシックロマンおよびアメリカ文学を読みこなした結果であることは明白です。主人公だけ若いまま周囲が歳を取るという基本プロットにはSFの知識が反映している。

そういうニュータイプの女流が受賞の栄誉を得たことに対して、遅れを取ったというべき漫画同人たちから、その作品のパロディが生まれ、それを漫画表現の自由と称するなら、これは漫画同人にとっては一貫性のある主義主張です。

漫画というのは、ポンチ絵と称された時代から、似顔絵によって社会諷刺するという機能を持っていましたね。手塚治虫は敬愛するウォルト・ディズニーを茶化すような作品も遺している。これは少し前に著作権保護の強化という話が出た時にも主張されたことです。

漫画のアマチュアが、プロの漫画を茶化して、漫画の自由だと称する。訴えられるもんなら訴えてみろ、断固闘うぞという意思表示であり、ブラフの一種です。実際には訴えられないために、先手を取ってプラカードを掲げるのです。

やっぱり学生運動の乗りがあるわけで、相手が有名なプロであっても、あるからこそ、権威主義に抵抗するぞという意識があるのです。だから若者文化であり、サブカルチャーなのです。そこまではいい。

プロ漫画家も「なにも私だって権威主義というわけじゃない」と思う。実際問題として裁判にかかわるより次の原稿を仕上げたほうがいい。日本の出版社は締切に厳しいのです。

それがあくまで漫画同人会の活動として、同人誌即売会当日限定のジョークグッズとして頒布されるかぎりにおいて問題視しない。

そこは本来、漫画同人会だけに参加を呼びかけた、招待制の業界内イベントです。部外者に向かってテレビなどを通じて宣伝しなければ、問題視する人は著作権者自身だけです。第三者からの野次が飛んでこなければ、著作権者自身も生活の平穏と新作執筆時間を保障されるのです。

大目に見るというよりは、事実上、プロとアマチュアが対等な立場で話し合った結果であり、合意を得たといっていいでしょう。

けれども、文芸同人会は、この合意にあずかっていません。アニメファンクラブも関わっていません。アニメ権利者であるテレビ局や個人プロデューサーも参加していません。ゲーム会社も参加していません。

男性小説家の一人は、女性による二次創作を全面禁止したことがあります。プロ漫画家とアマチュア漫画家の同意は、ほかの業界には通用しません。

アニメを「ネタ」にして、小説を書いて、漫画同人会の集まる場を借りて売り出すという種類の同人は、漫画同人会と同席していても、モグリです。

漫画同人会と一緒になって、えらそうに自己主張できた義理ではありません。自分ではイベントを立ち上げる苦労をしていません。漫画同人から見て、迷惑な存在でしかないのです。1980年代にアニパロ小説を個人出品していたタイプの自称同人は、自分がその程度の存在だったことを自覚しましょう。

自分なりの作品を誇る権利は誰にでもあります。仲間を探すこともできます。けれども漫画同人と「連帯」できるとはかぎりません。



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