山も落ちもないのは、二次創作BLです。

  15, 2017 11:03
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「手塚治虫や石ノ森章太郎の愛弟子であり、きちんと彼らの言うことを聞いて、立派に山も落ちもある作品を制作した萩尾望都や竹宮恵子とちがって、我々の手がけたものは程度が低いので、お捨ておきください。ぶっちゃけた話、テレビ局に対する著作権問題をかかえているので、見つかるとやばいんです」

これが同人側から自虐した真意です。

それ自体が注目されて、当の萩尾・竹宮と混同して論じられては、自虐した意味がないのです。

この程度の機微を見抜けなかった社会学研究者は、社会について無知だったのです。

いいですか? そもそもプロ漫画家または小説家が自虐して「こんなもの編集者に見せられないわ」と思っていれば、彼女たちの作品が市販雑誌に掲載されることもなく、それを読んだ子どもたちが模倣することも起きなかったのです。

「山も落ちもないと称する自虐的な同人活動は、プロの影響下に始まったが、そもそもプロも自虐していた」という説明は、論理的ではありません。

プロが自虐せず、出版社も自虐せず、一般読者の理解が得られないリスクを背負って発表したところ、大ヒットして、小学館漫画賞受賞の栄誉となった。出版社はオイルショック不況後の経営悪化を救われた。

その栄光にあずかろうとして、当時のアマチュアが模倣を始めたが、ちょうどアニメ映画の流行と重なったので、深刻な著作権問題が発生してしまった。

パロディという技法そのものは漫画表現の一種として、これを死守するというのは漫画同人会の主張として正しいんですが、当時のアニメ映画というのはテレビ局や個人プロデューサー主導によるテレビオリジナル番組を再構成したものであって、漫画原作を持っていなかったのです。

「著作権者は漫画家だから、漫画同人会のお遊びを認めてくれる」という自分勝手な甘えは通用しないのです。

1983年まで、この「同人が好んでパロディの元にしたSFアニメ番組は漫画原作を持っていない」という状態が続きました。

その間に、プロ漫画家の一人の作品に基づく(今でいう)二次創作BL小説が市販雑誌の一つに読者投稿の採用という形で掲載され、これに対してプロ漫画家(=著作権者)から差し止め請求が出て、雑誌の最新号に謝罪文が掲載されるという事態が発生しました。

二次創作BL同人が、従来の「お耽美」または「アニパロ」という通称を使用しなくなり、より自虐的な呼称を使用するようになったのは、これ以降です。

同人側は、偉大な先達に対して、一線を引き、謙譲したのです。同時に自分を守ろうとしたのです。ありていにいって、告訴される危険を回避したのです。

理解できなかったのは1980年代の中学生でした。著作権という言葉も知らなかったからです。

同人の世界から、同人活動とプロ作品を混同する過誤を発生させたのは、遺憾の極みです。

一般の皆様は、どうか、1970年代の時点で成人していたプロ創作家まで子どもと一緒になって自虐していたなどというデマを信じないでください。

プロ作品は、たとえ性的な描写を含もうとも、自虐するレベルのものではありません。その努力には充分な敬意が払われるべきと信じます。

ところで、もう一つ気になることがあって、いまだに「山も落ちもない」という隠語を使いたがるのは誰か、という点です。

……ゲイじゃないか? というのが暫定的な結論です。

彼らは「同性愛・少年愛は俺たちのものだ。女のお遊びと一緒にするな」と思っておりますから、少年愛という「タグ」を見ると書き換えたくなるのです。怖い考えになってしまった。

【かろうじて中立】

同性志向男性サイドは「少年を襲いたいのは俺たちだ!」と言ってしまっては、まずうございます。

女流が描いて来たものは、昭和前半までに発表された男性創作物から得た情報としての、前近代における権力的なストレート男性によるいたずら・パワハラ・女性への意趣返し、および加齢した男性におけるナルシシズムとしての少年賛美です。

その加齢した側をも(女性的な)若者として描くことで全体を美化した・女性好みにしたというのが女流作品です。

それを出版社が売り出すときに採用したのは、1960年代以来一貫して「耽美的」という言葉。

これは1990年代に入っても使用されています。当時の単行本の帯などを確認すれば、出版社が自虐的な隠語を用いていないことは明白です。(証拠集めくらいしましょう)

BLすなわち「ボーイズラブ」というのは「少年・愛」から直訳した和製英語で、1990年代に男性プロ編集人によって発案されたと言われています。

少なくとも同人側からは名指していません。プロ漫画家が自分から言い出したわけでもありません。名づけるのは、いつも編集者です。売り出すための方便ですね。

彼らがいかに「検閲反対・権力打倒」とうそぶき、肩で風切って歩こうとも、お客様に対して自虐するわけには参らないのです。

つまり、営業のプロによって「少年・愛」なら自虐的な意味を含まず、一般社会にリリースできる言葉であるという判断がなされたわけです。

したがいまして当方の用語もこれを採用しております。

BLという言葉自体に偏見が生じておりますので、「竹宮先生はBLじゃない」というファンもいらっしゃることと存じます。当方と致しましても「厳密にはちがう」と申したいのが本音です。けれども、偉大な先生方が自虐していたという冤罪よりはマシだと思うものです。

【反感と勘違い自慢】

「二次創作BLは二十四年組から始まった」という、あわてんぼさんな説明があるので、二次創作BLに反感を持つ人が、さかのぼって二十四年組ほかのプロ創作家に無用かつ不適切なレッテルを貼るということもあり得ます。

先生方にとってはいい迷惑ですし、上記の通り、同人の本意でもありません。

冷静に考えましょう。プロはアニメキャラクターの権利を無断利用しなさいなんて教えていません。

勝手なことをしたのは、あくまで同人です。混同したのは、1980年代の中学生です。現代の心ある読者の皆様は、1980年代の中学生と同レベルになってしまってはいけません。

当方んとこへは、1980年代の中学生の一人がしつこく絡んできたんですが、だからあんたみたいに勘違いしてるのがいるから困るんだって話なのです。

「プロ創作家の名誉回復」という話をしてる時に、30年前にルール違反して個人出品した「同人誌」の売り上げ自慢なんてしてくれなくていいのです。

【自分で考える人になりましょう】

偏見をうのみにせず、他人の話に「そーなんだ!」と脊髄反射せず、自分の頭で考える人になりましょう。

一般の皆様は、クレーム合戦に関わらなくて結構です。議会における野次の犯人が特定され、謝罪を求められる時代です。当方の主張は基本的に「冷静でありましょう」というものです。「双方動くな」でもいいです。

それぞれに自分の部屋にいる間は安全で平穏なわけです。だからこそ引きこもりという状態もある。越境した時にトラブルが発生するわけです。タグ付け合戦も野次馬合戦も越境クレームも、しなきゃいいのです。自分の職場ストレスを、他人イジメで解消しようとしないのが、いいのです。


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