1940年9月、阿部豊『燃ゆる大空』東宝・映画科学研究所

  17, 2017 11:03
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不覚じゃないぞ。よく帰ってきてくれた。

後援:陸軍省 監修:陸軍航空本部 製作:阿部豊 原作:北村小松 脚色:八木保太郎 撮影:宮島義勇 特殊技術撮影:円谷英一・奥野文四郎 音楽:早坂文雄 主題歌:佐藤惣之助・山田耕作

謹んで陸の荒鷲の英霊に捧げる皇紀二千六百年記念映画。陸軍省検閲済。正座して拝見。

昭和十三年二月、北支戦線。当然ながらモノクロ撮影ですが、鮮やかな実機の離陸を拝見できます。鬼気迫る急旋回、急降下。機銃の乾いた発射音と白煙のリアリズム……とか言ってる場合じゃなくて、もはやドキュメンタリー。

特技班もいるんですが、広大な自然を背景に、実機を飛ばしていることは明らかで、目を瞠るばかりです。敵機に擬装した九五式戦闘機の被弾後の錐もみは、よくフレームに収め続けたと思います。

地上戦における小銃の発射音も生々しいような気が致します。(たぶん本物なんでしょう)

人間ドラマは固定カメラでじっくり捉えたワンカット。アンパン組のその後を描く流れも美しく、しかも愛唱歌がなにげにスコットランド民謡であったりするあたり、活動屋の微妙な心理を表現しているようにも思われます。

男の子たちは、訓練時代から話をはじめて、酒も煙草も覚えるので、成人前後の年齢ではあるんですが、まるで小学校の勢いのまま、明るく清々しく、あどけないのでした。きっと小豆島から出征した「二十四の瞳」のいくつかも、こんな軍隊生活だったんだろうなと思わせます。

内地のお袋さんや現地の食堂のおばちゃんに至るまで、女性を一人も登場させなかったので、まるで彼らとともに入営したかのような高い共感性と、物語の一貫性による緊張感の持続を実現しております。

軍医が美男すぎると思ったら、目千両でした。切れ長な流し目をカメラがきちんと捉えております。対する大日方傳は理想の上官。藤田進はまだチョイ役です。

戦後に活躍した脚本家・須崎勝弥によれば、商業映画の成功は女性客動員の可否にかかってるんだそうで、まァそりゃそうです。浅草に軽演劇と映画館が並んでいた時代から、基本的に男性が仕事の帰りに観るものだったんですから、女性が「私も観たいわ」と連れて行ってもらえば動員2倍ですからね。

さして多くもない軍医の登場シーンだけを目当てにしてもあれなんですが、婦人に配慮する気持ちがあったところが微笑ましいです。(ていよく協力させられたとか言わないでおきましょう)

婦人のほうでも、ひそかに「隊長さんも素敵だわ」とか思いつつ、少年兵の悲劇に涙したり、自分も搭乗したつもりで手に汗にぎったりと、さまざまな感動を得たのだろうと思います。

この作品を成立させたのは、もちろん陸軍の優秀なパイロットですが、その陰で整備班も活躍していたわけですし、もとをただせば鉄鉱石を加工することから始まって、ネジの一本に至るまで、日本人の勤勉さと仕事の丁寧さの結晶なのです、やっぱり。そしてそのそれぞれに実家があり、家庭があり、母親がいて、妻がいて、日々の健康と勤労意欲を支えていたのです。

というわけで、戦意高揚・国威発揚映画というのは、内地の観客に向けて「前線の将兵はこんなに頑張っているので私たちも(ぜいたく言わずに)頑張りましょう」という、サブリミナル的訓示の意味を持っているんですけれども、しかもなお、活動屋たちの本音は若い命を惜しみ、追悼することにあると思うのです。

こののち、国運の錐もみを回避することはかないませんでしたが、弔うとは、くりかえし思い出すことであり、語り続けることなのです。


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