1955年11月、木下恵介『野菊の如き君なりき』松竹

  22, 2017 11:03
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だって私、竜胆がこんなに美しいとは知らなかったわ。

原作:伊藤左千夫『野菊の墓』より 脚色:木下恵介 撮影:楠田浩之 美術:伊藤喜朔 録音:大野久男 照明:豊島良三 音楽:木下忠司

国敗れて、山河あり。たおやかなモノクロ。手際鮮やかな92分。戦後社会の直接的な諷刺にはひと段落ついたということのようで、農地改革も済んだ頃、なお残る日本の風景を撮りに出ました木下組。長い木製の橋、リアル野菊。黒澤組とは真逆の方向に同質の気合入ってます。

ガスランプの灯る明治三十一年。(まさおくんの部屋のカレンダーから分かります)

結婚が両性の合意のみに基づかなかった頃。チターを効かせた忠司音楽が絶品。硬さの残る子役たちの清冽な演技とともに胸に沁みます。

今回はアップとロングの切り替えがいつにも増して印象的。まさおくん旅立ちの絵は遠間からの構図で、浮世絵のように美しいです。

野菊の君は、もちろん愛らしくも理知的な若き名女優たる民さんですが、あどけないまさおくんのほうもほんとうに山間の野の花のようで、小さな二輪は世間の冷たい風に揺れるのでした。

世の中には「男性に女性の生き方を教えてもらう必要はない」という人々もいます。では、女性は自分の悪いところを自分で直すことができるのか?

いっぽうで木下監督は、見るに耐えないというほどではない程度に、ダメ男と、それに対する村人の評価をも描き出しております。

娯楽のない小さな村に住む人々の内部差別意識(ルサンチマン)は『楢山節考』でも描かれていましたね。

思えば不思議なことではあって、一度しかない人生の行動基準が「他人がなんと言うか」なのです。

この手の話は、もちろん「これからも女性はこうやって若い子をイジメるといいよ!」という意味ではございません。このようなあやまちを繰り返してはならないという教訓なのです。

賢そうな民さんには、学問をつけさせてあげたかったと思います。師範学校へ行くことができれば、大石先生のように良いおなご先生になることができていたでしょう。

もちろん映画人たちは自らの少女趣味と、笠智衆の姿を通じて男性ナルシシズムを満足させているわけですが、女権運動は、このような男性からの援護射撃によって、ずいぶんと助けられてきたのではなかったでしょうか。

1955年は昭和30年ですが、まだ都市生活者(映画人)の近代的人権意識をもって農村部を啓蒙するという意味もあったでしょう。実際の観客の多くは、まずは映画館のある都市部に住む人々ですから、かえって農村部への差別意識を助長したということもあったかもしれません。

創作物というのは、さまざまに読めるものなのです。

そうだ、今回は上原謙も佐田啓二も出ていないというのは特筆すべきことのように思われます。また重要な役なのに画面には登場しない人々がいるわけで、その姿を映してしまうことによってコメディ色が加わってしまうこと(と似たような場面のくりかえし)を注意深く回避しているようです。

監督は、野菊の如き君に最大の敬意をはらって、ひじょうに禁欲的に、日本の美しいところと悪いところを両方描き出すことに尽くしたのでしょう。

昭和30年。すでにテレビ放映は始まっていました。このあたりから、高畑勲も描いたような開発ラッシュ、かつての地主の土地を得て自作農となった人々とその子孫による一億総中流社会が始まるのです。


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