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同人の自虐は、開き直りではなく自粛するためです。

まず、先に言っておきますと、こういう話に対しては「私はべつに、そこまで考えて行動してるってわけじゃないのよ」と変な自慢する人が出てきます。

「私は社会学者ではないから弱者特権とか気にしたことないわ」ってね。

そういう人ほど「少女漫画からは二次創作が発生しないように編集が目を光らせてるけど、ほかは大丈夫って『みんな』が言ってるから、たぶん大丈夫よ」とか言っちゃうのです。

だからその「みんな」が言ってるいいかげんな噂の元々をたどると、こういうことだという話です。

考えの浅い人は、行動も短絡的で、最後まで読みもしないで、浅いクレームするのです。

若い皆さんは、恥ずかしい大人になってしまわないように気をつけて、自分で考える人になってください。

【自虐したのは、二次創作者】

竹宮恵子や栗本薫などのプロ創作家が自虐したことはありません。せっかくおカネを出して単行本を買ってくださるお客様に向かって「どうせ下手です」なんて失礼なことを言ったことはありません。

出版社が彼女たちの作品を発行し、宣伝するにあたって「山も落ちもない新刊です」と言ったこともありません。

自虐したのは、二次創作者だけです。

著作権者による刑事告訴または差止請求を受けないように、自分から目立たない必要があったのです。とくに若い後輩・読者に向かって「人に見せるようなものじゃない」と注意しておく必要があったのです。

が、ろくにフィールドワークも組織できない低レベルなフェミの連中が勘違いして「男性が女性をバッシングするから女性が自虐する。彼女たちを抑圧から解放してやらなければならない」という女権運動の文脈に落としてしまったのです。

フェミとしては「男が悪い」と言える材料なら、なんでもよかったのです。

それを同人・BLファンのほうで真に受けてしまうと、二次創作者がいちばん威張っているという怪現象が起きるのです。

あんまり騒げば告訴されたり、規制されたりするはずの人が、他人のブログや動画に二次創作妄想コメントを残したり、SNSで他人のアカウントに殴り込みかけたり、お墓に落書きしたり、新宿二丁目で人権侵害したりするのです。

そういう人は、口先で「同人とフェミは別」とか言っても、フェミに頼っているのです。

【中学生の勘違い】

コミックマーケットは、名前の通り、漫画同人会の集合場所です。出品されるべき物は漫画です。漫画とは小さい人物画と「ふきだし」が並んでいるものです。読んだことありますね?

けれども、コミケが別名「同人誌即売会」を名乗ったために、文芸サークルとアニメファンクラブが自主参加してきて、それぞれの会報すなわち同人誌を出品することが起きました。(その時代のことは知らないなら黙っててくれていいです)

もともと小説として男同士を描写することのほうが古いのです。古典文学・近代純文学の伝統がありましたから。(私は読んだことないとか言わなくていいです)

お互いに売ったり買ったりしている内にぜんぶ混ざって「アニパロ小説」になったんですが、イベント責任者の中には、そういう混在をいやがる人もいました。

端的には漫画だけを追求したい人が分離していって、コスプレでも小説でもいいよという人が残ったものが今のコミケです。(分離して行った人々の悪口も言わなくていいです)

これに1980年代以降に参加するようになった中学生は、最初からアニメを利用するのが当たり前だと思ってるもんですから、著作権問題を理解できませんでした。

だから「同人が自虐するのは男同士がヤバイからだ」と勘違いしちゃったのです。

で、プロの漫画も小説も自虐語で呼んじゃいました。本人たちは最新流行語を使っているつもりだったのです。同人の先輩たちにとっては「あいたた」です。

1980年代に中高生だった人は、10年経つと、そこそこ有名な社会学者になってることもありました。

だから最初から勘違いしたまま「コミケの世界で自虐語が流行するよりも前からプロ活動していた先生たちも自虐していました」という、訳の分からない学説を唱えてしまったのです。

なんでもいいから男性中心社会のせいにできれば、真実なんてどうでもよかったのです。証拠を捏造し、プロを名誉毀損してもいいと思ってるのです。

【はんぶん正解】

厄介なのは、フェミが言ったことが丸っきりの嘘でもないことです。

男性が女性アニメキャラクターのパロディ画を描いたものは、当時の男性編集長判断で市販雑誌に掲載されたことがありますが、男性著作権者によって事実上の許可を受けました。

男だけで若い女性の表象を共有しているわけで、これに向かってフェミが「女性全体に対して失礼です」と言っても、事実上あんまり効き目がないわけです。

いっぽうで、女性が男性ヌードを描くことは、例が少なかったのです。

明治時代から一貫して、女性が制作するものは女性を主人公にした物語または絵画であることが多く、女性が男性を描いて、女性が鑑賞するという例が少なかったのです。

けれども(1960年代初頭からぼちぼちと)男同士の性愛という文脈で男性だけを描写した小説作品が発表されて、1970年代にはそれをアレンジしたような漫画も発表され、それらの模倣が流行したもんですから「女が描くエロ=男同士」という短絡が発生したのです。

そもそも女性が男同士の性愛というテーマを得たのは、男性が書いた小説や、男性監督が撮った映画などを参考にしたからです。

レディコミの企画が立ったり、女性週刊誌にイケメングラビアが載ったりするよりもずっと前に、女流による男同士物語が少女漫画誌上で発表されてしまったのは、当時の男性編集長判断です。

(「私はその20年後の女性編集員と知り合いです!」なんて無意味な自己アピールもしなくていいです)

が、これに対しては「女のくせに男を描くのは生意気だ」というバッシングと「男同士なんて俺が認めん」という二重のバッシングが発生しやすいわけです。

それに対してフェミニストが立ち上がるというのは、筋違いというわけではないのです。

ですから本来は「女性の表現の権利も憲法で保障されている以上、男性単体だろうが、男同士だろうが、描きたい女性がいるなら自由に描かせてやれ。ただし他人の著作物を利用したものに著作権者がクレームして来た時にはその限りでない」という話なのです。が、後半が理解されなかったのです。

【トランスゲイ説による逆証明】

もともと、インターネット普及以前の社会全体として著作権意識が低かったので、議論した人々も、その問題はほっぽらかしちゃいました。

だから、一次と二次、漫画と小説を区別せずに「なぜ女性が男同士を読んだり描いたりするのか」だけが議論されたのです。

ほんとうは「漫画の練習になる」という口実なら、漫画としてのパロディは容認できるが、アニメをネタにした小説を何本書いても漫画家にはなれないという「ねじれ」現象を放置していいのかどうかという問題があったはずなんですが、誰も気にしませんでした。

だから、もともと「コミック」マーケットへ、ポスト二十四年組とも呼ばれる漫画家集団が紹介した言葉(をパロディにした自虐語)の話をしているのに、プロ小説家が自分から地雷踏んじゃうみたいなことも起きたのです。

背景には、1970年代前半に少女漫画由来の「男装の麗人」が一世を風靡して以来、成人女性の社会進出・女子中高生の非行・少子化と、女性の人生に関する問題意識が連続していたということがあって、著作権よりも男女差のほうが社会的関心が高かったのです。

いかに女性は不自由か、不便か、言いたいことが認められないか、男性の自由に憧れているかを強調することが重視されたのです。

そこで、なまじっか「女性が男性を『愛でる』ことが重要」なんて説明する人々があったもんですから、今度は女性が男性単体を「愛でる」という物語でもいいのに、なぜ男同士なのかという問題が発生したわけです。

すると、女性キャラクターに感情移入できないからとか、母親と喧嘩したことが心の傷になっているからとか、個々の家庭問題にまで立ち入った詮索がなされたのですね。

そういう詮索に耐えかねて、もともとトランスゲイですって言っちゃうプロ小説家が現れたのです。1998年です。

もちろん、それで終わりにならないところが味噌です。

もし本当に同人・BLファン全員がトランスゲイなら「カミングアウトしにくいから仕方がない」なんて言ってないで、二十万人の署名を集めて政府に提出すればいいです。

ところがそうじゃなくて、一部が「自分はトランスゲイだが、後から参加した連中は営利目的にすぎない」と言えば?

べつにトランスゲイでなくても書ける」ことが逆証明されちゃっただけなのです。

とすると、差別されている性的少数者における真摯な自己表現であり、人権運動の一種であるから、バッシングしてはいけないという理屈が成り立たない。むしろ「カネのために同性愛のイメージを利用するのは失礼だから、やめさせろ」と言えてしまう。同人ピンチ。

だから、ここで改めて二次創作同人活動を「自立を目指す女性の人権運動」として確立する必要が生じたのです。

二次創作同人は自立を目指す新時代の女性である。その生計手段を奪ってはならない。男性の気に入らないからといってバッシングしてはならない。告訴・起訴してはならない。女性は最大限に配慮されるべきである。女性には弱者特権がある。

そういうフェミニズム運動として、改めて位置づけられたのです。

だから少し前に青少年保護の話が出た時も、著作権保護の強化という話が出た時も「女性はいいでしょ」という人が、けっこういましたね。

「おなじ女の漫画家は権利にうるさいが、男の漫画家は女の子の二次創作を大目に見てくれるのよ」と、なんとなく信じている人がけっこういたのです。

これは男女格差を逆利用した弱者特権意識によってしか説明がつかないのです。

もし「べつにフェミのおかげってわけじゃなくて、編集部がビジネスのために男性漫画家を説き伏せて告訴させないようにしてくれているから、女の子は大丈夫なのよ」

と信じている人がいるなら、その時点で「編集部が漫画家の権利を侵害していると告発した」ことになる、ということに気づきましょう。(変な噂を信じちゃう人がいて困るのです)

【奇妙な流行】

トランスゲイ説の発表は1998年ですから、Windows98の普及によって、日本全国がインターネット元年を迎えた年と一致します。

だから、ホームページや掲示板を開設する人が増えて、著作権意識が強まり始めると同時に、それに逆行するような奇妙な現象も起きたのです。

すなわち、この頃から(間違ってトランスゲイであると定義された古い自虐語を避けて)キーボード誤変換に基づく新しい自虐語の流行が生じ、それを自称しつつ、どこにでも顔を出して、男性の趣味にケチつけたり、掲示板や原作応援ブログに二次創作妄想コメントを残すなどの不適切自己表現も流行し始めたのです。

つまり、「一部トランスゲイ説」が発表されたその日から、同人・BLはフェミと一蓮托生になってしまい、やたらと強気になってしまったのです。その意味では、トランスゲイ説はやぶ蛇です。orz

逆にいえば、それより昔を思い出して「同人はフェミとは別よ」と言っちゃう人は気をつけましょう。

「フェミとは別なら自己責任で男性漫画家に謝れよ」と言われたら、どうしますか?

【誤変換の矛盾】

「キーボード誤変換に基づく新しい自虐語」というのは、口頭で発音しても無意味ですから、最初から文字情報であり、インターネットスラングですね。

したがって、最初から「タグ付け」を目的として、男性のPCユーザーから生じた可能性もあります。

それを女性のほうで取り入れたなら、これは「反抗的な態度を見せつつ、男にくっついて歩く」という女性的行動の一例として、社会学的には興味深いですが、厄介な問題も残ります。

もともとインターネット上で二次創作妄想的な発言しなければ、自分からタグ付けする(自虐する)必要もないということです。

つまり、コミケ内部だけなら「最初からゾーニングできているから、それ以上問題視する必要がないし、むしろ著作権者も面倒に巻き込まれなくて済む」という状態なのに、わざわざ二次創作者のほうからインターネットに出てくるということです。

もし、他人のコメント欄荒らしを「フェミの後ろ盾があるから大丈夫」と思って、人権運動しているつもりなら、フェミの悪口を言うことはできません。

もともと「同人とフェミは別」とは、同人のほうから「ここに二次創作者がいます!」と言わないためなのです。フェミみたいにえらそうな顔してはいけませんという先輩からの注意なのです。

それを無視して「私は二次創作者です! 私を告訴してはいけません!」というなら、立派な戦闘的フェミニストです。

【一次ファンは名乗り直さなくていいです】

もう一度言いますが、プロが自虐したことはないです。読者のほうも、それを読んでいるからといって自虐したことはないです。今の人も自虐しなくていいです。プロの先生たちに失礼です。

国民には自己決定権が認められておりますから、なんと名乗ろうが、自分で自分にレッテルを貼ろうが、貼りたきゃ貼っていいんですが、プロ作品に関するかぎり、必然性はありません。

プロのファンとして「BLをバッシングしたり、法律で規制したりしないでください」と言いたい時は「何々先生のファンとして言いますが」でいいです。

「そんな私は、またの名をナントカ女子です」とレッテルを貼り直さなくていいです。

もともと市販品は、男性発行人の名において、自由な表現の権利に基づいて発行されているのですから、それを女性が買って読んだからといって自虐するには当たらないのです。

それを、あえて趣味が悪いように言うのは、自分の権利を主張する場所をまちがえないように。たとえば新宿二丁目へ乗り込んだり、掲示板荒らしになってしまったりしないようにという自戒・自粛の意味です。

が、著作権問題を抱えていない一次(のファン)は、これはこれで強気になりやすいわけで、それが二次創作者と弱者同士の連帯ごっこしちゃうと、ぶっちゃけ二次創作者の迷惑です。

いちばん困るのは、上でも言ったように、自虐語を名乗ることによって「仲間が大勢いる」と思ってしまい、自我拡大感を生じて、わざと悪いことをすることです。

それは「他人のせいにして悪いことをする」ということです。とくに職場でストレスを感じていると「社会に復讐するは我にあり」という気分になりやすいのですが、それではバカッターや劇場型犯罪者や無差別テロと同じことです。黒バス犯の同類になりたくなければ自粛しましょう。

【犯罪者予備軍】

同人やっていた、またはBLしか読めないという人が、駅で走り回ったり、イベント会場利用のルールを守れなかったり、お墓を荒らしたり、新宿二丁目を困らせたりするようなら「女性にBLを読ませると頭がおかしくなる」ということですから、同人・BLを規制したほうがよいことになってしまいます。

もし、二次創作BL同人が生活のためにやむを得ず二次創作BLを描いていることを知っているというなら、彼女たちのために、まず貴女が自粛してください。

「BLはビジネスだ」というなら、出版社を経営する男たちが「やばいから手を引こう」と思うことがないように、貴女が自粛してください。

「女性はもともと清く正しく美しいから、悪いことはしない(言われなくても分かってる)」というのも説得力がありません。皮肉にもなりません。

なぜなら「聖なる女性というイメージは、男性中心社会の再生産の都合に合わせて、女性をシャドウワーカーに位置づけるための差別的戦略だ」と指摘し、これからの私たちは本音で生きていきましょうというのが、まさに1980年代フェミニズムだったからです。

フェミが二次創作者を守り、勇気づけてくれるからこそ、犯罪者予備軍なのです。衝撃的ですよね。

ことの重大さが分かっていない人ほど、もう四十代になったのに、まだ「私には少女の特権があるのよ」とか言って、威張っているのです。

でも、同人・BLファンほど、フェミと一緒になって強気にならないことが重要なのです。

【他虐は差別です】

もともと「山も落ちもない」という言葉は作品そのものにつけるタグであって、人間を示す言葉ではありませんでした。

もともと同人はテレビに出たりしていなかったのですから、自分から「私たちナントカ少女です」と名乗ることもなかったのです。

それを人間を指す言葉として用いたのは、ゲイです。一部の女性が新宿二丁目まで行って彼らに失礼なことをしたので、彼らは復讐したかったのです。自分たちが「ホモ」と呼ばれることに対して、男同士に興味を持つ女性を差別的に呼ぶ単語を必要としたのです。「名指した時点で差別」ですね。

いっぽう、新しい自虐語は上記の通り、最初からインターネットスラングです。だから、ウェブ記事・ブログなどを書く中年男性が「俺だって若い女の流行に詳しいんだぜ」というところを見せたくて、やたらと使ってしまうことがあります。

けれども、紫式部もナントカ女子とか、歌舞伎ファンもナントカ女子など、他人に向かって余計なレッテルを貼ることは差別に当たります。

世界に誇る伝統文学や伝統芸能を侮辱する必要はありません。自分のほうが非国民になってしまわないように、ご注意あそばせ。



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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。