1956年4月、木下恵介『夕やけ雲』松竹

  24, 2017 11:02
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おとなには覚悟ってものが要るんだよ。

製作:久保光三 脚本:楠田芳子 撮影:楠田浩之 美術:平高主計 録音:大野久男 照明:豊島良三 音楽:木下忠司 監督助手:上村力

山のあなたの空遠く、胸に沁み入る77分。もはや戦後ではない1956年当時の大都会へ戻ってきて、片隅にカメラを据えてみました木下組。

出会いと別れ。男と女。兄と妹。少年と少年。60年前の青春。戦争が終わって、復興も終わって、それからのぼく達は、軒先に青い鳥を見つける前に、夕やけ雲に向かって、そっと告げることがある。

有名監督に向かって「うまくなった」というのもあれですが、印象深い忠司調スローワルツに乗せて、序盤から流れるように物語が一貫して参ります。同じ構図をくり返すことによって、劇中人物たちの世界のせまさを伝えているようです。

まだ電気こたつじゃなくて長火鉢を使っていた頃。食生活は安定したもよう。国民皆保険と内風呂はなかったもよう。音楽界ではテルミンが流行っていたみたいです。ひよよよよ。

ちょうど『野菊』とは裏表の物語。『日本の悲劇』の母親にあったかもしれない人生。『陸軍』の父親や、『二十四の瞳』の終盤に登場した低学年組のその後ということもできるかもしれません。

現代の観客は「またジャニーズか」って言うことが多いでしょうけれども、この当時も毎回似たような配役で、先行作品の続篇のような味わいになっているものです。

黒澤の人物たちは、洗濯オバサン達に至るまで、意図的に配置された演劇的虚構であって、カーテンコールに笑顔で登場して来そうですが、木下の「リアル横丁でロケハンしたついでに被写体も見つけて来ました」的な群像描写も、やっぱり魅力です。

ロケ隊が現場を引き上げても劇中人物たちがそのまま町の中で生活を続けている気がするわけです。良家の奥様には奥様なりの一貫性があり、魚屋の隣りのパン屋の女将さんには女将さんなりの人生がある。

黒澤がトップダウン式の支配欲の表現なら、木下は「他人を変えることはできない」という一歩引いた個人主義を感じさせるわけで、それは物語にも表れておりますね。母親でさえ子どもたちを変えることはできない。(実際の撮影ではトップダウン式の緊密な采配が振られていたことでしょうけれども)

いっぽうで、変えることができないのを澄まし顔で諦める母もまたいないわけで、泣きたい時は泣くのです。そうかといって暴力には訴えないし、狂気にも逃げない。真の強さとは。

なお、珍しい女流脚本は、ヘップバーンふうに装ったアプレ女子の本質を容赦なくえぐり出しております。



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