差別的な人は被害妄想を持ちやすい。~同人が荒らしになる時

  13, 2017 11:02
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まず、『切腹』という映画は、序盤の残酷シーンだけが有名になってしまったけれども、本当に面白いのは後半ですね? それを残酷シーンだけに注目して「グロ」とか「スプラッタ映画」と呼ぶなら間違いです。

『イベント・ホライゾン』というSF映画は、スプラッタ寄りですけれども、根本的には宇宙開発にたずさわる人々とその家族の寂しさを描いているのです。表面的な過激描写にだけ注目してもいいですけれども、文学的に観ることもできます。

女だてらにSFを読みこなし、描きこなすことのできた二十四年組が描いた学園ものは、構成のしっかりした長篇ですし、決して「少年愛」の要素だけが注目され、変な渾名で呼ばれるような作品ではないです。

漫画史に残るというべき美少女キャラクターも登場しますし、脇役男性キャラクターにも個性的なのがいて、含蓄深い台詞を言うなど、サイドストーリーも充実しています。

いろいろな見どころがあるので、ご自分の目で確かめてみてください。再版につながれば、出版社も喜びます。法人税による国庫収入にもなるかもしれません。

【同人が荒らしになる時】

上記のように「まだ観ていない人・読んでいない人・誤解している人に対して、プロの作品の価値を紹介する」という話の時に、「でも私の同人誌を買いに来た子はエロだけが目的だったよ!」と言ってしまうと?

そうです。話の流れがおかしいですね? クレームしたつもりの本人が、自分が何を言っちまったのか分かっていないのです。でも、ほかの同人さんは即座に「やばい」と思うことでしょう。

二次創作BL同人が、プロのファンに向かって「そんなの面白くないよ」と言ったのです。つまり、喧嘩売ってきたのです。

【被害妄想】

少年漫画原作アニメを元にした二次創作BL小説の売り買いを楽しんでいたという人にとって、他人がプロの美少年漫画を「少年愛という要素だけに注目するのではなく総合的に評価する」という読み方をすることは、なんの不都合があるのか?

そっちはそっちで楽しくやればいいだけですよね? もともと「同人誌即売会」という会場の中のこととしてゾーニング出来ているのですから、自分から飛び出してきて、他人がプロの作品を共有することを邪魔する必要も権利もないですよね?

ここには、わりと重大な問題があります。

「規制される」という被害妄想を持つ人は、その人自身が相手を規制しようと思っているということです。

やるか・やられるか、つぶすか・つぶされるかという二項対立の発想なのです。

確かに、一般社会には「アニメとプロが描いた漫画をそれぞれふつうに鑑賞しているだけで、それらを混ぜたアマチュア漫画・小説なんか要らない。炎天下に行列してカネを出すという奴らの気が知れない」という人が大勢いるわけです。

とくに二十四年組作品なら、男性読者も読んだうえで、べつに自分では真似して描きもしないし、ゲイバーへ行って質問もしないわけです。

でも「俺は要らない」ということと「だからお前もやめろ」ということは、別です。

そうです。ここを混同してしまうと「自分が要らないからって、私たちをつぶすつもりね!?」という被害妄想を持ってしまうわけです。

つまり、そういう考え方をする人自身が「多様な意見の共存」という状態をイメージすることができないのです。

だから、このタイプは、自分の仲間の数が多いことを鼻にかけて、少数意見を否定し、侮辱するということもやらかします。

つまり「私たちが売っている超過激二次創作BLだけが正しいのよ。どうせプロなんて」と差別的なことを言うために、わざわざ出てきてしまうのです。

「みんな違って、みんないい」の精神で共存すればいいだけなのに、自分だけ守ろうとして、周囲に先制攻撃をかけてまわるから、結局孤立するのです。

もともと、流行に乗ったつもりで自分から他人の権利品に手を出しておいて、自分のほうが被害者のような顔をする「イナゴ」型同人というのは、ほかの同人の目から見ても、滑稽かつ迷惑な存在でしかないのです。覚えておきましょう。



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