女子的オイディプス・コンプレックス。

  14, 2017 11:03
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母親のトラウマを強調する人の口から、父親の存在感がまったく示されないということがあります。そういう人は一人じゃありません。

よく言われるのは「父親不在」であって、その対応として「父親が育児参加しましょう」という呼びかけがなされるわけですが、じつは娘の心の中で「父親殺し」が起きているのではないか?

つまり、女の子におけるオイディプス・コンプレックス。父親への対抗意識と母親独占。ありていにいって、女の子におけるマザコンです。

【マザコンガール】

オイディプスの神話は「母親をめとった」ことに注目しがちですけれども、じつは先王が持っていた宮殿・厩舎・王領地・そこで働く人々・立法司法の権限など、すべての財産を受け継いだわけです。

母たる女性も先王の財産の一種と考えれば「お年寄りが消えた後、すべてを受け継ぐ」のが人生だってことになります。

ここで女の子はオイディプス(エディプス)コンプレックスをひっくり返してエレクトラ・コンプレックスって言うことが多いですけれども、じつは父親の存在感が薄い核家族家庭というのは、観念的に父親をサツガイして娘と母の共依存を実現している点で、女の子におけるオイディプス・コンプレックスだと言えないか。

父親が帰宅すると、娘が「お母さん、アイロン掛けて」とか言っても「女の子なんだから自分でやりなさい」って言われちゃうわけですよ。そのくせ母親は夫のワイシャツにはアイロン掛けてやる。娘が「おやじウザイ」ってなるわけです。

(そもそも「女性は男性の気を引こうとして女性同士で争う」という発想自体が男性目線ですからね)

その後の娘と母の確執というのは、ようするに二人だけの主導権争いなのです。夫唱婦随か婦唱夫随かを女同士でやってるのです。犬も食いません。

とくに娘のほうが甘えていて「ちゃんと説明しなくても察してほしかった」という場合は、実家を出た後の人生でも男性に向かって「言わなくても察してほしい」って言うのです。つまり、対人関係が同じパターンなわけです。

【男性への敵愾心】

母子関係というと、娘の被害者意識を強調して、母親を加害者に位置づけることが多いですけれども、じつはその背景には、親しみの薄い父親への無意識的な敵愾心が貼り付いているのです。

このオイディプス・コンプレックス的母子共依存を家庭外で再現しようとすると、女同士で固まって、観念的な男性への敵愾心を表明し続けることになります。

観念的な敵愾心というのは、個人的に親切でよく話を聞いてくれる人に出会っても「でもやっぱり男だからダメよ。どうせ女の体にしか興味がないのよ。かならず裏切るのよ」などと、自分自身の先入観を優先することです。

ようするに、女のマザコンです。女性自身がいちばんいやがる男の同類です。

がっかりしたら、それで終わりにしないで、じゃあどうするか考えましょう。マザコン男にどうしてほしいのかを考えてみれば、自分自身のマザコンもどうすれば直るのかが見えて来ます。自覚とは次へ向かう第一歩です。

なお、トランスFtoMというのは、生まれながらの男性です。男性嫌いの女の子の味方ではありません。




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