2017/03/16

1960年8月、篠田正浩『乾いた湖』松竹

原作:榛葉英治 脚本:寺山修司 撮影:小杉正雄

岩下志麻(1941年生まれ)の19歳。オープニングクレジットには「入社第一回」とあります。弱冠29歳の監督の未来の嫁さんは、誰だか分からんほど若くてウブくて清潔で可愛くて、すでに貫禄があります。

主演男子は生々しいリアリズムを湛えた名優です。にくたらしいところがいいわけです。キャスティング最高と言えるでしょう。(皮肉じゃないですってば)

『生きる』では情けないメフィストフェレスだった伊藤雄之助が貫禄を増して悪役を一手に引き受けており、たいへんいい感じです。上背がある人なので風采も上がります。

お話のほうは、まず最初に現代の学生の皆さんに申し上げますが、やることなかったら勉強しましょう

体に無理がきいて記憶力が良いうちに、脳にも手足にも一気に覚えさせてしまうといいことってのが、やっぱりあるのです。

この映画に出てくる若者たち、何やってるかというと、おとなの真似なのです。高校生までは禁止されていたことができるようになったので嬉しいなっていう、ただそれだけなのです。新しい玩具をもらったので遊んでるだけみたいなもんなのです。

事実として、大学の勉強から落ちこぼれているのです。マルクシストでもトロツキストでもいいですけれども、おそらくドイツ語もロシア語も読めません。

爆弾で既成の建物を壊したとしても、新しく建築することはできないでしょう。仲間の傷の手当てをしてやることもできません。金融も経営も理解していないでしょう。消費しているだけです。

監督自身とはちがって、映画を撮ることもできていないわけです。

若者の特権を満喫しているようで、じつは若者にしかできないことをしていないのです。

今よりも少し昔の若者たちが、とっくに成人していた同人の真似をして、「エロ」とか言いながら「同人誌」を発行して、一人前のかせぎがあるつもりになっていたのと大差ないっす。

安保な人々から「表現の自由ごっこと一緒にするな」って叱られそうですけれども、根本的に大差ないっす。

1960年5月。新日米安全保障条約を阻止したかった頃。「あんぽ、はんたい」が合言葉。シュプレヒコールったり、ジグザグったりしております。

安保な人々。1960年に20歳くらいの学生だった人々。1940年前後の生まれ。今年77歳前後。(!)

序盤からたたみかけるように若者たちの乱脈ぶりを映し出し、観客を反感と共感のないまぜに叩き込んだところで、裏事情を開示して参ります。実家しだいの学生暮らし。カメラは思いきって低いところから。

あまりの群像リアルっぷりに物語の筋がなかなか見えて来ないほどですが、開始1時間あまり、急激に良くなります。短い作品ですが、脚本にこめられた学生運動的、または自己批判的熱意は濃いです。

脚本家も監督も、おとなぶっている若者の稚気をよく分かっており、表面的な刺激性のわりに、じつはドライな諷刺であるとともに、終わった運動へのレクイエムなのです。

印象的なのは、若者たちの退廃ぶりをいろどるのがひじょうにカッコいいジャズであることで、まだハードロックではないのです。

むしろ、この後に来たハードロックが最初から商業路線だったのも頷けるというべきか。

というわけで、オープニングからしてたいへん粋ですが、ちょうど戦後15年目ですよ。8月ですから。

くり返しますが、生まれは戦中なのです、この子たち。『日本の悲劇』に出てきたのと同じ世代。あの食糧統制の時代を生かしてもらったのです。あげくが外人の真似して革ジャン着て「理由なき反抗」ですわ。

1960年代当時の時代の証言と見ると、フィクションでありながら、こういうフィクションが作られたという、そのこと自体がものすごく貴重なドキュメンタリーの意味を持っており、ひじょうに面白い作品ではありつつ、『わが青春に悔いなし』の京大の頃から変わってないなァ……とも思ったり。

なお、映画ですから「何が撮られているか」以上に「どう撮ったか」が重要なわけでございまして、カメラさばきも編集さばきもまことに見事です。

29歳でこれだけの映画を仕上げたい人は、本気で映画の勉強をしましょう。

日本には時々「なぜ日本人は暴動を起こさないのか!?」なんて、へんなことを言って怒る大人もいます。この時代を知っているオジサン達が自分の書く記事のネタがほしいだけなので、釣られてはいけません。

暴動じゃたいした変化は起きません。暴動が鎮まったら元の鞘に戻るだけです。社会を確実に変えるのは、自分の仕事をきちんとやる人々です。(このへん真顔で)


Related Entries