2017/03/16

1972年4月、小沢茂弘『望郷子守唄』東映京都

製作:俊藤浩滋・日下部五朗 脚本:野上龍雄 撮影:吉田貞次 照明:金子凱美 美術:鈴木孝俊 音楽:渡辺岳夫 助監督:関本郁夫 

こりゃちょっと面白いですよ。野上脚本らしく昭和四年の筑豊炭田から始まりますが、1972年当時の世相を見事に反映していると思うのです。

いまの人が序盤を見ると「こういうのを自虐史観っていうんだ」と思うことでしょう。当時はこれが受け入れられたのです。

とはいっても、新左翼運動はすでに下火になっていて、世の若者には「シラケ」ムードが漂い始めていた(であろう)時代ですから、肩の力は抜けているのです。

同時に、1970年代というのは、まさにその学生運動の沈静化によって大学進学率が急上昇した時代でもありました。だから「地方から上京して来た若者」というのは観客が共感できるキャラクターだったのです。

というわけで、マキノさんの『ごろつき』を髣髴とさせる青春ストーリーであって、40歳すぎた俳優を起用する話じゃないのが本当ですが、高倉健は若作りができる人でした。

まさかの藤田進が貫禄を見せてくれるのが頼もしいです。山本麟一も大活躍。10年くらい後の『冬の華』では高倉さんに挨拶する側でしたね。なんでもできる器用な俳優さんでした。天津敏とは似てないけど貴重なツーショットです。

池部良も50歳を過ぎており、二人して20歳くらいサバ読んでるんですけれども、各々の個性を活かした上手い配役だと思います。(池部の役は常にインテリ崩れ)

池部って人は、じつは芝居がすごくうまいというんじゃないんですけれども、やっぱり雰囲気が良かったのでした。

いかにも日本的フィクションであって、歌舞伎が得意とする「じつは……」という仕掛けが連続するので、つっこみどころも多いですが、だからこそ、すごくよくまとまっていると思います。

脚本家はテレビ『必殺』シリーズのお仕事が多かったそうです。なるほど。

ひとつ野暮なことをいえば、『決戦の大空へ』で観られるように、裸になって入隊検査するはずなので、まずあり得ないです。

画的には、小沢&吉田コンビらしさを堪能できます。それにつけても、地元のおっかさんとは、かくもありがたいものなのでした。

なお、現代では上京したばかりの20歳の青年を描くために40代の俳優を起用することは、ほとんど行われないでしょう。

映画の成功を決めるのは、昔から女性動員数だったそうですが、ことに1970年代以降は、女性の購買力の伸張が、実年齢で若い男性の活躍の場を増やしたことは確実です。

それに中高年男性の反感が(もし)あるならば、中高年男性は何が観たいのか。

東宝「8.15シリーズ」が1980年代で打ち止めになったように、戦争映画は撮り尽くされてしまったといってもいいでしょう。

松本清張・山崎豊子的社会派サスペンスも映画化され尽くしてしまった。しかも、その価値自体は否定されたわけではなく、『相棒』が受け継いでいると言えます。

いっぽう、インターネットの普及によって、人工衛星の帰還、災害・事故からのすばやい復旧などの奇跡的偉業は、映画化するまでもなく、目の当たりに観ることができるようになってしまいました。

ドローンによって、大自然の風景も、人間が実際に踏破しないでも収録できるようになってしまいました。

性的な刺激さえも、有料放送や無料動画で(ワンクリック詐欺に気をつけて)得ることができるのです。

ヤマトもスターウォーズもルパンも俳優・声優が歳を取って、メンバーチェンジして行く。

もし『永遠の0』を愛国心の発露と見るなら、それはちゃんと映画化されるわけです。もとより特攻隊員とは若いものです。

こうなると、自分は何を観たいのか? 自分は何がしたいのか? 自分には何ができるのか? 若者を「くさす」前に、中高年自身の自問自答が必要になるのです。そして大人というのは、元来、それが冷静にできるはずなのです。



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