LGBTと「ノンセク」は、別です。

  17, 2017 11:01
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LGBTが職場に最も強く望むことは「同性パートナーの配偶者控除」です。すなわち、彼(女)らは結婚したいのです。

ストレートとの交流会などは、あまり需要がないようです。彼(女)らは見世物にされること・質問責めにされることを警戒しているのでしょう。

彼(女)らにとって、独身ストレートが「私は結婚したくない人なんだから、同性カップルを見物させてちょうだいよ!」と言っても、意味わからないし、きもち悪いだけです。

ストレートにとって、彼(女)らがどんな性行為をしようが、性感マッサージでどこをマッサージしようが、関係ありません。

関係ないことをわざと質問する人は、個人的な興味を満足させたいだけです。つまり、彼(女)らを自分の娯楽のために利用しているだけです。おうちへ帰って、創作物を読みましょう。

【非婚者の権利は保障されています】

ストレートが「結婚したくない」といえば結婚しなくて済む権利というのは、すでに憲法で保障されています。

結婚は両性の合意「のみ」に基づくというのは、戦前のように親の命令や「借金のかた」という理由で結婚させられることはない、という意味です。

あなたが、現時点できらいな異性に身柄を拘束されておらず、好きなだけインターネットしたり、創作物を読んだり、声優コンサートに行ったりできているのであれば、あなたの自由は保障されています。

その上で「職場で非婚者が『可哀想』といわれない権利」を一般社会に向かって訴えたいのであれば、「職場で非婚者が『可哀想』といわれない権利を訴える会」を結成すればよいだけです。

ゲイに言っても解決しません。彼らは結婚したいのです。

日本の女性は、テレビに出てくる女装タレントや、男性が女役を演じる芸能や、男性演歌歌手が女言葉で唄う伝統の影響もあって「ナヨッとした女っぽい男性は女心を分かってくれるから、女の子の味方だ」と思いこんでしまう傾向があります。

けれども、すでに何十年も同性パートナーと同居している人から見れば、一人でいたいという人の気持ちは「分からない」というだけです。

彼らが「可哀想ね」って思わない保障もありません。

まずもって、歓迎されない店に居座って「可哀想と言われたくない」などと愚痴っているから可哀想と言われるということに気づきましょう。

【ゲイは弱者同士の連帯がきらいです】

ゲイから「弱者同士の連帯というのはどうかと思っていて」という声が挙がることは、何十年も前から時々あります。

ゲイ・リヴ運動というのは歴史も古く、規模も世界的なので、他の「マイノリティ」から依存されることが多く、逆に彼らのほうでは都合よく利用されることを警戒しているのです。

非婚者が同性愛者・性別違和者と「弱者同士の連帯」したいのであれば、年に一回、団体どうしの「連帯大会」を開いて、それぞれの活動を報告し、その後で交流会でも開けば充分です。

もちろん、交流会では性的な質問をしてはいけません。非婚者全員で押しかける必要もありません。代表を2名も送れば充分です。

【自分を可哀想がる人】

何もしないうちからゲイに依存して「ゲイは仲間がいるからいいなァ」という。

自分のほうが可哀想という顔をしたいわけです。同情を引けば特別サービスしてもらえるという計算があるのです。

でも本当は、ゲイの間に割り込むよりも、「ノンセク」なら「ノンセク」の仲間を探すのが先ですし、自分のための人権団体を自分で立ち上げるのが先です。

SNSで「声を挙げて行く!」などといって目立ちたがっているなら尚さらです。

また「母親のせいで結婚できなかった」と言い訳するということは「母親がいい人だったら結婚できた」ということですから、結婚したかった・したいという意味です。

だったら、カウンセリングにでも婚活相談にでも通えばいいです。

【配慮とは相手の身になることです】

「ゲイは私の好奇心に配慮して、なんでも質問に答えてほしいわ! でも、私はゲイの心情に配慮してやる気はないわ!」ってのは、弱者同士の連帯じゃありません。ただの搾取です。

LGBTの3割は「職場でのカミングアウトは必要ない」というそうです。ということは「ゲイバーへ行ったら職場の人と会っちゃった(ばれちゃった)」ということを避けたいわけです。

ここで「知ることは女性の権利です!」というなら、フェミごっこです。

「私が応援してあげるから早くカミングアウトしなさいよ~~」というなら、「私が紹介してあげるから早く結婚しなさいよ~~」という仲人ごっこと同じことです。

そうじゃなくて「そこは察してやれ」ってことです。ストレートがゲイバーへ顔を出さないほうがいいのです。

もともと「ノンケさんもどうぞ」といってくれるお店でショーを観るくらいだったら、そこでノンケと顔を合わせたくないという人は来ないわけですから、鉢合わせってこともないでしょう。

でも、男性が「ゲイ専科」だと思って入った店に、会社で知ってる女がいて、「ゲイの人と友達になったから、ついて来ちゃった~~(てへぺろ)」ってのは、やっぱり困るわけです。

これやっちゃう女は、相手がストレート男性の時には「男の人と二人だけになるのが怖いから、友達つれて来ちゃった~~」って、やらかすのです。

なんというか、他人を利用するのです。しかもそれを自慢するから、だんだん孤立するのです。

なぜ黙っていられないかというと、若く見せたいからです。女性が頭が悪いふり・気がきかないふりをする時というのは、「まだ子どもだから社会のことが分かんな~~い」といって、若く見せようとしていることがあるのです。

とくに、1980年代に「プッツン」というのが流行ったので、かなりの年齢の人がやっちまうことがありますから、自分で注意しましょう。

ゲイ・レズビアンを含めて、ほんとうに若い人にドン引きされます。

【嫌われる勇気】

嫌われる勇気とは、自分勝手することではありません。

「みんなに嫌われないように、みんなと一緒に弱い者イジメしちゃう」という悪しきマジョリティに加わらないことです。

「みんなやってるから私も!」と飛びつかないことです。

「みんな」を言い訳にしないことです。

誘われても断ればいいですし、えらい先生や先輩が言っていたことでも、時代とともに科学的発見・意識調査などの情報が更新され、価値観が変わることもあるから、若い人の意見も取り入れて、自分の頭で考えなおしてみればいいです。

LGBTというのは「親のせいで『なった』わけではない」という自覚があるので、本当に個人主義です。彼(女)らは誰にも責任転嫁できないのです。

つまり「母親のトラウマが~~」とか「友達が~~」とかいう言い訳を受け付けません。

自分で選んだ道でしょ」と言われるのです。覚悟しましょう。



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