「いやなら読むな」という問題ではないです。

  10, 2017 11:03
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創作側は表現上の好ききらいの問題として論じたがるんですけれども、規制側の意識は「真似して実行する奴がいると困る」です。

だから「いやなら読むな」とか「そっと本を閉じればいい」という問題ではないです。

「私自身はいやだから二度と読まないが、これからも読む連中のなかに真似して実行する奴がいると困るじゃないか」と考えるのです。

そもそも描いた人間自身が描いた対象について強い興味を持っているはずだと考える。うまければうまいほど、実物をモデルにしている・写真を所持しているはずだと考えるわけです。

同人側は「落書きレベルならいいが、うまいのは禁止」と言われると「はァ?」と反応するんですが、もう「はァ?」じゃ闘えないです。

とぼければとぼけるほど態度が悪い・なにか隠そうとしていると思われるだけです。

「リア充」な人々は、あくまで現実に立脚しているので、実在被害を想定しているのです。

なにしろ自分自身がテレビを観れば観光地へ行ってみようと思い、映画を観れば主人公の真似してバッグや車を買おうと思うんですから、創作物というのは実行するためにあると思っているのです。

テレビCMなどというのは「他人が飲んでいる姿を見ると自分も飲みたくなる」ことが大前提ですから、現代市民の多くは創作物によって「実行しろ」というサブリミナル教育を受けているのです。

だから「読めば実行するはず」と考えるのです。

「真似するといっても絵を描くこと自体を真似するだけ。それをまた読んでもらいたい」という、サブカルワールド内における自給自足・自己完結を想定できないのです。

この「やらかすに決まってる」という先入観を突き崩すのはものすごく難しいです。だからといって同人・サブカル側が興奮して叫びだしてしまえば「ほら見ろあぶない連中だ」ということになるのです。

ここでものすごく迷惑なのは、1980年代に「アニパロ」の名前で小説同人誌を出展したり購読したりしていたタイプで、自分が漫画同人ではないもんですから、自分のことを二次元コンプレックスではないと思っているのです。だから「誰もキャラなんか好きじゃないよ! 最初から金目だよ!」って言っちゃうのです。

だったら漫画じゃないものも売る連中だということになってしまいます。

著作権問題と青少年健全育成問題がベッタリ貼り付いているという現状を認識できないなら、黙っててくれていいです。



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