Misha's Casket

ARTICLE PAGE

1952年12月、市川崑『あの手この手』大映

社会機構がまだまだ男性中心ですからねっ

副題:PRESENT FROM AKO 企画:辻久一 原作:京都伸夫 脚本:和田夏十・市川崑 撮影:武田千吉郎 録音:大谷巌 音楽:黛敏郎 照明:岡本健一 美術:西岡善信

レンタル店でひょっこり見つけた初期作品。主権回復して女性の社会進出も本格化した昭和27年12月現在を描く、アプレゲール家庭喜劇。

大東亜戦争生き延びて、ちょっとグラつく男の沽券。文豪たちが実際にこんなふうだったんだろうなと思わせます。

中年男・森雅之(1911年1月生まれ)が超クローズアップに耐えることがよく分かります。黒澤の『羅生門』(1950年)全篇を成り立たせたのはこの人の「冷たい眼」だと思うんですが、こちらでも千変万化の表情を見せてくれます。さらに何を着ても似合います。

伊藤雄之助(1919年8月生まれ)の異色ぶりも全開。(嬉)

次々と切り替わる画面と軽快な台詞の連動ぶりが心地よいです。小津とも黒澤とも木下とも違う、人生二人三脚描写の赤裸々ぶりと温かさは、やっぱり監督&脚本の実際の絆を反映しているのでしょう。

オープニングクレジットはちょっと画面が荒れちゃってますけども、並べ方が斬新で、後の松竹新波ご三家や、ご当人の金田一シリーズなどを(逆に)想起させます。

本篇ではSLじゃなくて電車が見られます。世界人口は25億だったらしいです。大学生がまだ学生服を着用しています。やっぱり赤旗を振ったりもしていたらしいです。

どうも、若い女がひょっこり家出してくる話が流行っていたのかもしれませんが、戦時中の女性は(迎える家庭も)そんなに自由じゃなかったでしょうから、新時代の女性らしさというわけで実際に流行していたのかもしれません。^^; 

リアルお公家さんのお嬢様・目の大きな久我美子(1931年1月生まれ)は実年齢とおなじ21歳の役柄にしちゃ役作りが若すぎて、たぶん『ローマの休日』のヘップバーンのようなイメージだったのでしょう。仕立ての良さそうなワンピースがよく似合います。

黒澤『白痴』・木下『風花』でも、だいたい似たような女の小ざかしさを示していたわけですが、顔立ちがややボーイッシュですから、この元気の良さが最も好感持てるかもしれません。(じゃっかんイラッとはさせられます)

この当時の映画は子役を中心に考えることはあんまりしておらず、若い娘さんといっても女学校を卒業した18歳以上なわけで、社会進出の瀬戸際にいて「どうしよう?」と迷ってる姿がよく描かれておりますね。

このちょうど20年後に『ベルサイユのばら』の大ヒットがあるわけで、アニメの大流行はさらにその後。

やっぱり、若い成人女性の社会進出物語が描き尽くされてネタ切れしたあたりで、入れ違いに高校生物語が流行り始めたのだったでしょう。

【以下、詳細に踏み込みます】





鳥羽夫人はビジネス上の失敗から退職してしまったわけですが、ちょっと簡単すぎないか。

男性でも「責任とって辞める」ということはあるでしょうが、この場合、うかつな人生相談を反省したからこそ、女学校の講師を続けて、女生徒が自分で人生を見出すサポートとなるべきではないのか。

家庭の雑用係なら、この時点で3人いることになってしまうわけで、すでにアコちゃんが来た時点で「ねえや」が困っているのに、このうえ奥様が入って来るのでは彼女が失職してしまう。

でも、アコちゃんから見ると、中年夫婦の絆に当てられて、自分の人生を考え直すことにしたわけですね。あの元気の良さでお客様から愛される料亭の女将になったかもしれません。

と思ったら、お客さんにコロッと恋をして嫁入りしてしまい、行った先で婦人会の会長として大活躍なんてこともあったかもしれません。

いっぽう、脚本は鳥羽夫妻を美化して終わったのではなく、野呂夫妻をも描いている。自信をなくした鳥羽夫人に対して、野呂家は旦那が閉口するほど嫁さんが外向的なんだけれども、案外そのくらいのほうがうまく行く……という結末が与えられている。

土砂降りの中、小さな懐中電灯が夫婦の行く手を照らすのは、モノクロ画面にあっても鮮烈な印象です。

市川さんは才能のある嫁さんが可愛くて仕方なかったんだろうな……と、ニヨニヨする他ないのでした。(アコちゃんみたいに「ちぇっ」と言ってみましょう)

Related Entries