Misha's Casket

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1959年2月、新藤兼人『第五福竜丸』近代映画協会

頑張りましょうね。頑張りましょうね。

製作:絲屋寿雄・若山一夫・山田典吾・能登節雄 脚本:八木保太郎・新藤兼人 撮影:植松永吉 美術:丸茂孝 照明:田畑正一 録音:丸山國衛 音楽:林光 遠洋撮影:武井大 助監督:窪川健造 協力:焼津市・焼津漁業協同組合 

1954年3月1日、ビキニ環礁。無警告水爆実験。

人一人の臨終と葬儀の厳粛さを真正面から再現した監督の良心。焼津市の良心。静岡県の良心。日本政府と国民の良心。40歳の息子の頭を撫でる老母の手。

日本の臨床医たちは、横柄で性急なアメリカ代表に対して、一歩も引きませんでした。

思いがけず明るいミュージカル調で始まります。海国日本の監督は、遠洋漁業への尊敬と親愛の情をこめて、大海を進む小さな漁船と、それに乗り込んだ若者たちの姿と、漁の様子をていねいに描くことを、まず重視したのです。

嫁さんがいて、子どもがいて、彼女がいて、喜ぶものを買ってやりたくて、威勢よく働く男たち。マグロやカジキが揚がると一緒になって嬉しくなっちゃうことです。

真っ正直に漁船を仕立てて洋上撮影しておりますから、撮影班はモーターボートを仕立てて、近づきすぎては危険なので揺れる船上からズームで狙った……と思われますが、まことにご苦労さまでございました。

民藝の雄(宇野重吉)の実在感すごいです。ほぼ素人さんです。焼津のお話なので、やや無理のある静岡弁を使っておりますが、これはまァやむを得ません。

事件発生が1954年で、撮影が1959年ですから、街並み・役所や病院の建物・新聞社の様子など、ほぼリアルタイムのドキュメンタリーです。茶摘があかねだすきにすげの笠な件……。

当時の新聞には「死の灰つけ遊びまわる」と出たようで、確かにこの記事は他でも見たことがありますが、劇中では「すぐに体を洗った」と言っておりますね。新聞はときに罪なことをします。

けれども、この映画はそこから先の描写が重要なわけで、ここには「これだから日本人はダメなんだよ」という自虐性が一片もないのです。

つまり、国内差別が描かれていないのです。

現実にはいろいろ言う人もあったはずです。なんの苦労もなかったってことはないです。描き方としても、たとえば反戦デモの盛り上がりなど、アメリカ批判を攻撃的な対抗意識として表現することもできたはずですが、新藤はそうしませんでした。

だから、あえて申せば、映画としての後味は、たいへん良いです。

構図を云々する作品ではないですけれども、やっぱり巧みであって、言ってよければ良い画の連続によって面白く観ることができる映像作品としての傑作であり、鑑賞しやすいからこそ、静かな静かな哀悼の念が、どのような怒りの表現よりも強く、深く、観客の心に信念を生じさせるのです。

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