20代こそ人生を踏み誤りやすいと思って、気をつけましょう。

  13, 2017 11:31
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一般向けメディアの中心は中年男性ですから、彼ら自身が少女を好きです。

だから、女子中高生の非行や、彼女たちが同級生によって被害者となった「17歳の危機」という話題はおおきく取り上げるものです。

けれども、どの時代にあっても学生運動の中心となって、人生を踏み誤ったり、命を落としたりするのは学生です。つまり18歳以上の若い成人です。

けれども「もう一人前」という建前なので、じつはこの年代がいちばん不安定だという話は、あまりなされないのです。

多くの人が経験的に知っているように、人生のうちで記憶力が最も盛んなのは児童の頃ですね。暗誦した掛け算九九や百人一首は成人後も忘れないものです。

いっぽう、人間の脳が物事の関連性を理解できるようになるのは三十歳を過ぎてからだそうです。(参考:『海馬 脳は疲れない』池谷裕二・糸井重里、新潮文庫)

とすると、二十代というのは「中高生の頃にいろいろなことを覚えて、世の中のことがだいたい分かったような気分になっているのに、それをどうしたらいいのか分からない」という状態です。地図の読み方は覚えたが、どこへ行ったらいいのか分からない。いま何をやれば、後でどこへ行き着くのか、関連性を理解できないというわけです。

だから、プロパガンダに影響されやすいのです。いろいろな集団に勧誘されやすいのです。「これが真実」とか「運命」とか、短絡的に自分で信じ込んでしまいやすいのです。

で、学生運動もすれば、キャッチセールスにも引っかかり、駆け落ちもする、と。

人によっては、男性の本質を見抜いたような気分になって、性的な創作物の自主制作に夢中になることもあるわけです。

本人が男性であっても、自分では実行した経験がないのに「世の中にはこういうことをする男がいるものだ」という知識を前提に、悪い人物を物語に登場させるのですね。

その知識にあまり裏付けがなく、いわゆるステレオタイプであっても同じことです。なんとなく知っている・分かっている気分になっているわけです。

で、それを売りさばくことができると、いっぱし社会参加した気分になってしまう。もう一生これが自分の天職だみたいに思ってしまう。

……こともある。

挙句に、実際に起きた事件や社会現象と自分個人の境遇の変化の関連性を見誤るわけです。「失敗した」と気づいた後で言い訳したい気持ちがあれば尚さらです。

おそらく創作同人の他にも「学生運動やらなきゃよかった」とか「劇団やらなきゃよかった」とか、いろいろ思ってる人がいるはずです。

それを「母親がうるさく言ったから」とか言っちゃう人もあるはずです。

よく言われることですけれども、日本人はよくも悪くもマザコンで、じつは女性もマザコンで、なんでも母親のせいにして来たのです。

三十歳未満の子どもの脳がいちばんよく理解できるのは、家庭と学校のつながりだからです。

江戸時代から世俗化していたのが良し悪しなわけで、地縁結合と重なった宗教的サークルの紐帯がないわけです。さらに軍隊に憧れたり、その反動で文学に傾倒する動機も低いわけです。

欧米でも地縁的・宗教的紐帯は1960年代から崩壊したわけですし、なまじ維持されていればいたで、LGBTが苦労するということもあるんですけれども。

世俗化していたところへ尊皇攘夷が降って来て、それが約80年後に敗戦によって否定されて、そこへフロイト主義が入って来たという日本は、ほんとうに世界でも珍しいくらい母子関係がすべてを支配するという意識を強めて来てしまったんだろうと思います。

それが不景気や、まだまだ社会機構が男性中心であることによる先行き不透明感と重なると、「お母さんのために頑張る」というふうではなく、裏目に出るのです。

母親愛着・母親依存が、母親を言い訳に使うという形を取り、「お母さんのせいでやる気がなくなっちゃった」という言説および自認になるのです。

本人としては、口先で言ってるだけじゃなく、本気でそんな気分になってるのです。自分で自分に催眠術をかけてるようなものです。そういうのは中二病の一種で、大学生にもなれば大丈夫だろうと思うと、そうではないのです。

大丈夫なものなら、学生運動の内ゲバ化とか起きないのです。

だから、本人も、保護者さまも、教員も「もうはたちだから大丈夫だろう」ではなくて、そっからが危険で、重要なのです。


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