少女の弱者特権時代の終焉。~フェミニストの定年退職

  14, 2017 11:02
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なぜ最近、急に同人・BLの立場が悪くなったのか? それは「少女の弱者特権」ではなかったか? そう言えば通用するのではなかったか?

確かに今でもそう思っていて、自分のことを「女の子」とか「女子」とか「少女」とか「おとめ」とか「ガール」とか称する人もいます。けれども、それが免罪符として機能しなくなったのが現在の現実です。

なぜか?

1990年代が終わるまで、BL(市販品)・二次創作BL(同人活動)を「少女が読むもの」として弁護していた世代が、定年を迎えて、大学から退官してしまったからです。

代わって「女性の母性を取り戻し、児童を健全育成することによって、少子化時代を乗りきる」という派閥が伸びてきたのです。

逆にいえば、これが、すでに1990年代にゲイコミュニティおよび一般メディアから苦情や疑問視を受けながら、BL・二次創作BLが年齢制限などの対応を20年遅らせた理由です。

「新時代の女性の教育方針は、従来のあらゆる男性中心的価値観から自由でなければならない」というラディカリズムが、真顔でまかり通った時代があったのです。

「少女が男性目線の価値観に洗脳されて、従順かつ時には娼婦のような女性として人格形成してしまう前に、BLを読ませて、自立心を養わなければならない」

すなわち、男がいやがるものを少女に読ませて、少女の心の中に「男の機嫌を取らずに生きて行く」という自主独立の気風を涵養しなければならない。女性はすべからく自己批判し、婦徳という名の奴隷根性を克服すべきである!

新左翼の風潮の名残の中で、この生々しいイデオロギーが主張されたのです。

(1990年代に学生や若い研究者を指導していたのは、学生運動世代なのです)

同人が自虐したほんとうの理由は著作権問題の回避だったのに、フェミの先生たちは「結婚したくないから、わざといやな女になろうとしている」と解釈し、外部に向かって説明しました。

じつは、それが同人・BLにとっても良いことだったのです。

口先では「同人とフェミは別」と言っても、同人・BLはフェミによって守られていたのです。

ゲイコミュニティやマスメディアから「自粛しろ」というクレームや「おかしくないですか?」という質問を装ったバッシングがあるたびに、フェミの先生たちが「おかしくありません! 女性の自立を邪魔してはいけません! 少女から自由を奪ってはなりません!」と言ってくれたわけです。

出版社と同人は、それに寄りかかって「ビジネス」を続けることができたのです。

まことに残念なお知らせですが、同人・BL業界は、フェミに足を向けて寝られないのです。

なお「フェミとかジェンダーとかカンケーなくて、ただのビジネスよ」ではお話になりません。売れればよいのであれば、男性向け雑誌も、生写真も、麻薬の違法取引も、売ればよいことになってしまいます。

論点は「なぜ少女向け創作物だけは、過激でも売ってよかったのか?」です。売れるからじゃ話が廻っちゃいます。

そうじゃなくて、少女だけは、未来を開く新世代の女性として特別だというイデオロギーがあったのです。それが20年間、持ちこたえたのです。(たいしたもんです)

けれども、あの先生たちはいなくなってしまいました。

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