Misha's Casket

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名古屋同人への恨みを晴らす仕事はお引き受けしておりません。

1980年代に今でいう「二次創作BL」の大流行が始まり、その内容が過激かつ原作クラッシャーなものであることは、すでに多くの人が知っているのです。

だからこそ「1980年代ふうにはついて行けない」とか「エロは要らない」とか「原作重視を望む」という声が挙がっているのです。

したがって「でも私が30年前に同人やっていた頃の客はみんなエロ目当てだったよ! 同人は誰も原作なんか気にせずに勝手な話を書いていたよ! 名古屋の子はテレビ放映が遅れていたから後でテレビを観て『話が違う』といって驚いていたの!」

という情報をお寄せ頂いても、申し訳ありませんが、一片の価値もないのです。まさに「そういう同人がいるからいやだ」という批判の声が挙がっているのです。

すなおに原作漫画・アニメを愛する若いサブカルファンが増えたからこそ、彼(女)らから「そういうバブル時代の同人は許せない」という憎悪の声が挙がっているのです。

したがいまして「雑誌『WINGS』の話をしろ」というご要望にも、当方と致しましては、お応えする意義がありません。

【名古屋同人への恨み】

いろいろ言って来るんだけど、そのすべてが「でも私が30年前にやっていた頃は」という昔話であって、現代の情報をまったく取り入れていない、という人があったのです。過去形です。だから今から探さなくていいです。ネタだと思ってくれてもいいです。

母親への責任転嫁、少女自認など、あまりにも典型的に「ある時期に二次創作BL同人やっていた人」の特徴をフルコンプしているのです。

「それにしても、なんでピンポイントで名古屋なんだろう」と思ったのですが、考えてみると名古屋はCLAMPの地元です。

同じ人が(同じ人なのです)高河ゆんがプロデビュー後も同人時代と大差ない作品を市販雑誌『WINGS』誌上で発表したことが許せないらしいです。

つまり、客足がそちらへ流れたので「私たち」の同人誌が売れなくなったという恨みを持っているらしいのです。で、それを当方の口から言ってほしかったらしいです。

「あんた、1970年代の話ばかりしてないで、早く“私たちは『WINGS』が流行したせいで迷惑させられました”って言ってよ!」ということのようです。

だから「1980年代の話をしろ」とか「同人にも目を向けろ」とかいって、絡んで来たらしいです。そんなもん、自分で言うがいいです。

本人は「母親が厳しい人だったので人生を狂わされた」と思ってるらしいんですが、どう考えてもこれはひじょうに甘やかされて育った人なのです。べつに精神分析とか大げさなことを言わなくても、常識的に「人に頼って生きて来た」と判断するほかないだろうと思われます。

【フェミへの対抗意識】

重要なのは、そういう人が他人のキャラクターに頼って「同人やっていた」ことを、フェミニストの先生たちが見抜けなかったことです。彼女たちは「少女が自立を望んでいる」と思ったのです。

ここで「1950年代には最初の安保反対運動や原水爆禁止運動に参加していた筋金入りの婦人運動家」を考えてみると、当時20代の学生だったとして、1980年代には50代ですから、学生指導の中心人物です。その薫陶よろしきを得た1990年代の研究者たちも、かなり戦闘的なタイプだったと言えるでしょう。

逆にいえば、依存的な二次創作BL同人は彼女たちに対して劣等感を感じるわけで、「同人はフェミとは別よ。ジェンダー論とか関係ないのよ」と言いたがるのです。

他人の話に釘を刺したつもりなんですが、じつは言い訳なのです。「私たち、そんなに強くなれないわ」というわけです。ほんとうは自分個人のことなのに、つねに一人称が複数形。

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