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1952年、小津安二郎『お茶漬の味』松竹

たいがいの女は、旦那さまのほんの一部しか見てないのよ。

脚本:野田高梧・小津安二郎 製作:山本武 撮影:厚田雄春 美術:濱田辰雄 録音:妹尾芳三郎 照明:高下逸男 音楽:斉藤一郎 監督助手:山本浩三 撮影助手:川又昂

同時代に黒澤も木下も派手なことやってたわけですが、ブレない小津調アプレゲール喜劇は例によって例のごとく、せまい民家の一角を切り取る斬新な構図と、なにげに豪華なキャストでお送りします。

まだ食糧統制の記憶が生々しかった頃。街はすっかり復興したようす。警察予備隊の募集が掛かっていたようです。

木下組がカメラかついで地方へ出かけた一方で、小津さんは徹底して都会でロケハンする人だったようです。建築物にフェティッシュあるようですが、円筒形の水タンク(だと思われます)もお気に入りの様子。終盤に登場した白い(たぶん)門番小屋も印象的ですが、フロイト主義的なことは言わずにおきましょう。

ドアガールというのも気になるモティーフのようで、ちゃんと女学校で読み書きを覚えて来たにもかかわらず、劇場の内扉を開けるためだけに人形のように立ち続ける若い女性たちは、婦人の「社会進出」の実態ですが、社会諷刺なのかフェティッシュなのか。(両方かな)

まだ自家用車というものが普及していなかったはずですから、車内撮影から始まる斬新さと、思いがけないプチブル・ライフ描写は、当時の観客の眼にもまぶしく映ったことと思います。

帽子、手袋、ハンドバッグ、ハイヒール。淡島千景のおとなの女の装いも、権の高い木暮實千代の和服も素敵です。まさかの鶴田浩二が快活な青年らしさを演じておりますが、後の任侠の啖呵に通じるキリッとした表情も見せます。

欧米人に負けない体格の佐分利信は、日本の「どんかんさん」亭主族を最大限に美化した形ですが、この昼行灯ぶりに男優主演賞あたえる毎日映画コンクールもいかしております。

1時間40分あたりの場面は、当時としては衝撃的だったんじゃないかと思います。「わたし作る人、ぼく食べる人」というテレビコマーシャルに婦人団体がクレームしたのは、この二十年以上後ですね。(!)

物語のほうは……国産テレビが売り出される前ですから、婦人向け家庭喜劇の定番だったのでしょうね、このプロット。

根本にあるのは中年女性から若い女性の自由さへの嫉妬であって、そこまでは男性監督たちも上手に描く(若い女性の奔放さを撮ることが楽しい)んですが、肝心な中年女性の転機を描ききれていないようにも思われます。以下詳細に踏み込みます。





戦前的な倫理観によって結ばれた価値観のちがう夫に反発して、または(成瀬『めし』のように)所帯やつれに嫌気がさして、飛び出したはいいけれども受け入れ先がない。小娘の真似をして親戚を頼ったけれども煙たがられる。

若い頃を思い出して事務員でも女給でもやったるでというつもりになったけれども「その歳じゃね」と言われる。

そういうことを経て、自分の加齢に気づき、帰るところは夫の家しかないと腹がくくれるわけです。「今さらなんだ」と怒鳴られるか、冷たい眼で見られるか。

手をつく覚悟で帰ったら、夫はすごくいい人だった。『めし』では夫が何事もなかったかのように迎えに来てくれましたね。

そのへんの既婚婦人の再出発のむずかしさを、男性監督たちは行間に落とし込んでしまいました。赤裸々に描けば「こういう差別を続けたほうがいいよ♪」という意味にはなりません。

やっぱり「こういう差別待遇はよくないよ。歳を取った女性にも自活できるだけの職業を与えてやるべきだ」という意味になるのです。

それを意図的にか、本能的にか、省いた上で、夫婦和合のハッピーエンドにしてしまうわけですが、映画としての後味は、やっぱり悪くはないのです。「男に女の生き方を教えてもらう必要はない」という人々もありますけれども、観ての通りで、女の浅知恵の滑稽さには、本人が(若いほうも)気づかないわけですからねェ……。(そういうふうに描いてあるわけですが)

なお、小津脚本には時々ハッとさせられる点があって、女性の台詞が男の子みたいにぞんざいなのです。

溝口・成瀬・木下・市川などが都会の暮らしを描く作品に登場する婦人たちは、のきなみ口調が上品なわけですが、当時としてもこれが本当の姿だったんだろうなと思うと、小津さんよく見てるなァ。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。