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1956年1月、小津安二郎『早春』松竹

…と、経験者は語った。

脚本:野田高梧・小津安二郎 撮影:厚田雄春 美術:濱田辰雄 録音:妹尾芳三郎 照明:加藤政雄 音楽:斉藤高順 監督助手:田代幸蔵 撮影助手:川又昂

昭和三十一年現在、蒲田らへん。めずらしいほど男くせェサラリーマン哀愁日記。あるいは東京ハードボイルド。強くなければ(以下略)

安保反対運動も主権回復後初の選挙も警察予備隊の創設も過ぎて、アンニュイにとらわれつつあった国民意識と、ここから始まる経済成長のギャップを的確にとらえているようです。小津(厚田)カメラは今日もせまい所にガンと構えたまま動きません。

江戸時代から変わらない横丁。影絵みたいに始まる夫婦の暮らし。5分でも寝ていたい池部さん。(若)

三十四万分の一の人生。それぞれにせまい地元を出てきたつもりで、都会の片隅に再び集まった人々。江ノ島らへんは……おお、なにもない。婦人は電気洗濯機をほしがっていたもようで、テレビは普及していなかったようです。

この年の経済白書で「もはや戦後ではない」って言われるわけで、ゆるゆる続く2時間24分は、暮らしぶりが変わるギリギリ手前の貴重な証言ではありますが、ほんとうに庶民男女の日常描写の羅列であって、いまの若い人に訴求するかなァ……と思いつつ、1時間55分あたりが面白いので頑張りましょう。

小市民の冷たい退廃という和製ジェラール・フィリップ(=池部良)の持ち味がよく分かる映画ではあって、最高の人選だと思います。わざわざ東宝から借りてきた甲斐がありました。終盤に木下好みの美青年も登場しますが、それはいいとして。

池部・山村・東野のスリーショット(視点不統一)は名場面の一つでしょう。これも最後は一人だなァと言いたいような、めんどくさい女も出てきます。

婦人たちの長めのスカートが魅力的。ヒールの高さは十センチ。男がズボンをはくという動作は情けないと書いていたのはジャン・ジュネでしたろうか。めんどくさい女は昔っから男に「なに考えてんの?」って訊くのです。

会話をカット割りしてバストショットを編集する手法はぎこちないことが多くて困ってたんですが、これはだいぶこなれた感じです。杉村春子の別格ぶりは言うまでもなく、淡島千景もこの手法に余裕を持って対応する実力派ですが、池部もよく自然体でこなしていると思います。(監督のほうが合わせたのかもしれない)

美男美女なので都落ち感がすごいわけですが、これを地方の映画館で観た人々は「東京へ行ってもこんなふうなんだ……」と思ったのかもしれません。

タイトルはあんまり内容と関係なさそうなので、1月末という公開日に合わせたのかもしれません。女正月向けでしょうか。この当時のリアル婦人たちには「小津や成瀬の女性映画を観に行く」というのが大きな娯楽だったのだろうと思います。

こののち2年ほどして、映画界は斜陽を迎えるのでした。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。