非婚女性のお子様ぶりっこは、男性しか眼中にない。

  25, 2017 11:04
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「私は非婚主義だから、まだ精神的に子どもなのは仕方ないじゃん」と言っちゃう女性がいるのであれば、それは男性の肉体によっておとなの女に「してもらう」という受身な価値観を克服できなかったということです。

言い換えると、自分自身が「男をつかまえなければ、おとなの女とは言えない」というマイルールに縛られてしまっているのですが、じつはそれによって得しようとしているのです。

隠し持った目的。可哀想ぶりっこ。

他人(一般社会)の人生観に従属することによって、自分がその下位(敗残者)に位置することを印象づけ、お情けを恵んでもらって生き延びようとする。まさに「女・子ども」の生き方ということができます。

でも世の中には、修道女としての生き方もあります。芸事の師匠や作家として自立していた女性も戦前から存在しました。

戦後はなおのこと、歌手・人形作家・絵本作家・ドライフラワーや花模様の食器を集めたカフェの店長などとして、少女時代の趣味の延長を職業にするかたわら、品格ある言葉使いでブログ発信を続ける女性(40代・独身)も大勢いるはずです。

子どもであることと、下品であること・意地汚いこと・暴力的であることも、イコールではありません。社会のルールを守り、自分より小さい人に優しく、わざとらしくイジケたり、イジメたりしない子どもは大勢います。

結婚しようがしまいが、彼氏がいようがいまいが、20歳すぎれば成人です。男がいなけりゃおとなになれないなら、レズビアンは全員が行儀の悪い子どもってことになってしまいますが、同レベルと思われたくないというレズビアンさんも多いことでしょう。

じつは「男になめられたくない、可愛い女だなんて思われたくないから、わざと下品で暴力的なふりをする」という女性は、ほかの女性に対しても失礼であることを忘れているのです。

つまり、自分自身が男しか眼中にないのです。

ほんとうは男がほしくてたまらないのに(少女漫画かBLに出てくるみたいな)理想の相手が身近にいないといって不機嫌になっているだけだから、女性の連帯相手もなくして孤立するのです。ここ重要です。

周囲の女性も、暗黙のうちに不機嫌の受けとめ役・慰め役を強制されることに疲れてしまうからです。

「他人を変えることはできない」とは「自分から気づいて変わる他ない」という意味です。変わらなくてよいという意味ではありません。

「自分はアダルトチルドレンだから」といって自己暗示をかけ続け、ひがみ続ける必要は、ありません。

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