ぽにょ、そーすけ、観たーー!

  25, 2012 12:24
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いつもは9時前に閉じるまぶたをこすりこすり、がんばって起きていた子らと3人で「可愛いねーー」を連発しながら楽しく拝見しました、金曜ロードショー。清史郎くんしっかりしすぎ^^; 

子供たちはフジモト氏をさして「悪い人なの?」と質問してきたので、彼らも判断に迷ったもようです。正しく視聴しているというか正しく描けているのでしょう。グランマンマーレ登場の宗教的な雰囲気は、ちょっと怖かったらしいです。彼らが一番ウケたのは、後半冒頭、ぽにょと宗介が起き抜けにおでこゴッツンするところ。

私も「お魚のぽにょも半魚人のぽにょも女の子のぽにょも」みんな好き。妹ちゃん達もおばあちゃん達も、すべての登場人物が可愛くて、頬が緩みっぱなし。「好きー」と言われて「うくくくく」と悶え笑いする、ああ子供の仕草をよく知っている。宗介ちゃんの折り紙が下手くそなのも可愛い。フジモト氏の、あれでそこはかとなく漂う色気と、グランマンマーレの雄大な美貌に陶酔してみたり。

水道水はカルキ抜きしないと魚には危険ですとか世界共通の光モールス信号でBAKAとか打ってはいけませんとか「健闘を期待する!」がカッコ良いじゃなくて子供を収容しろおぉ!とか、観音様だと叫びながら念仏を唱えたり柏手を打ったり忙しい日本人らしさに苦笑するとか、いろいろ楽しくツッコミつつ。
惜しむらくは声優がーーとはもう申しますまい(・∀・)

リサの息子連れ突撃は、我が家を灯台とみなし、その明かりをともすために何としても帰ろうとしたということですが、息子は安全な「ひまわり」に残してもいいわけだし、「帰れる時に帰って」って、
すでに帰れない状況だと思う! もう皆おかしい。

ぽにょが妹たちの助けで水球を脱出し、魔法を発動した辺りから、すべて彼女の思う通りことが運ぶように人間界もセットされた、とでも思うことにします。

「都市伝説」は有名ですが、怖い話というより、むしろ当たり前でしょう。グランマンマーレは生死一如の海の女神。ふだんなら肉体が滅んだ後でしか行けない死後の世界=生まれる前の世界へ、生者のまま降り、厳しい約束を得て帰還するという物語は、オルフェウスでも杜子春でもいいけど、世界中にある。

浦島太郎はなぜ遠い海底の竜宮城まで息が続いたのか? と考えても仕方がない。亀が口をきいた時点ですでに魔法が始まっていたと思うほかない。

リサもおばあちゃん達も、あるいはフジモトの放った魚≒波に襲われて、本人たちはビックリしたけど肉体的には無事なまま、グランマンマーレのお膝元まで連れていかれた……というような状況を想像しておけばいいのでしょう。

まーーるいユートピアは子宮の比喩、なんて言うまでもない。古代魚が泳ぐ海のぬくもり。

グランマンマーレとリサが何を話したのか? 現実的に考えれば、子供が一人増えるわけだから、養育できるかどうか? ということなんだけど、それ以上にリサ自身の育った家庭や、航一との出会い、宗介の教育方針、海への思い……そんなものをとりとめもなく話したのじゃないかな。女性たちは、ほっといても何となく上手いこと話をまとめてくれるものだ。『紅の豚』でもフィオとジーナが何を話したか、なんて場面として表されておりませんしね。

世界のほころびと魔法の関係も説明されていませんが、「女が嫉妬で蛇になる」に似た、人間と自然の垣根が外れた異常事態・呪術的世界を、そのようなSFあるいはファンタジー調の言葉で言い表したってことにしておけばいいことにします。

人工衛星が落ちるほど重力が崩れたなら被害はもっと……などというのも、作家自身が少年時代に宇宙開発のニュースやSF作品に胸躍らせ、よく分かりもせずに「重力が」「磁場が」などという言葉を使っていた、そんな頃を思い出したとでも思えばいいのではないでしょうか。

高齢な男性監督の「あの世」への夢と恐れと、生きている喜びが横溢した微笑ましさに、和めばよろしいのではないかと思います。

なお「押し寄せる波」が思いがけず怖かったです。脳は肉眼で見た映像と、テレビで見た映像を区別できないのだそうで、あのとき視覚から得た恐怖をまだ体が覚えていたようです。でもこの「自然が怖い」という感じが本当なのかも。それでこそ「女の一念」の壮大さ、そこに掛ける監督自身の情念の深さも知れようというものです。

息子が金魚を拾い、それが人面魚であってもビクとも驚かない母ちゃんでいたいものです(・∀・)
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