「弱者の連帯」とは、ゲイバーのお客さんになることではないです。

  26, 2017 11:01
  •  -
  •  -
自称ノンセクシュアルがLGBTに親近感を持つのは、一般社会に対して「産まない人生を差別しないでください」の一点で共闘できると思うからです。

けれども、やってみると簡単ではないことが分かるのです。

まず、人数が多いほうが人権運動が有利だと思うのであれば、自分自身が他の非婚者・不妊者に呼びかけて、できるだけおおきなパレードを組織するのが正解です。

そのうえで、ゲイパレード運営に連絡を取って「何月何日のパレードに、何地点から合流させてください」と申し込めばいいです。

その際、ノンセクシュアル側からLGBTに対して絶対に性的な質問をしないことが条件です。

いっぽう、ノンセクシュアル側には、ほんとうに虐待被害による恐怖感を持っていて、BLも読めないし、男女のキスシーンも苦手だという人が存在します。

彼(女)らは、ゲイ文化が露出的な服装を好み、セックスアピールを売り物にすることに、ひじょうな嫌悪感を持つかもしれません。もしLGBTが「愛」のアピールと称して、人前でキスしたら?

それを取り囲んでキャーキャー騒ぐノンセク女子というのは、たんにその人たち自身がそういう趣味である、というだけです。

自分本来の仲間であるストレートのノンセクシュアルに配慮して、露出的なLGBT文化との合流を断念するのではなく、たんに自分がLGBT文化に興味があるというだけです。

とくに「コミケ」に参加経験のある人は、その頃と同じように「みんな」に声をかけて「一緒に行こうよ。面白いよ」と言えばいいと思ってしまいがちです。

けれども、LGBTにしてみれば「ノンセクを自称するストレートが大挙してぼくらを見物に来た」というだけです。

彼(女)らは、もう1980年代から、それを「やめてくれ」と言い続けているのです。

そもそも彼(女)らは自分が同性志向に生まれついてしまったことをひじょうにわずらわしい・残念だと思っていることもあり、決して他人からうらやましがられる筋合いではありません。

いっぽう、プロのゲイボーイとしては、BL趣味の女性が実在同性愛者を見物したがる気持ちを逆利用して経営を成り立たせることもあるはずです。それは、たとえLGBT仲間から批判されたとしても、本人の選択であり、権利です。

そこで女性がお世辞の一つも言ってもらって、一種のホスト遊びをさせてもらえるというのは、店と客の共依存であって、人権運動とイコールではありません。

そこで「これが弱者の連帯よ♪」というなら、おなじノンセクシュアル、おなじLGBTから冷たい眼で見られることを覚悟しましょう。

「連帯にも多様性がある」とうそぶくこともできますが、最終的に孤立する可能性は高いです。お店を経営していたゲイボーイも歳を取って引退して行くからです。

彼がステディな男性と平和な老後を楽しむとき、あなたはもうその間に割り込んでチヤホヤしてもらうことはできません。

自分自身の人生航路として、LGBTと合流する道を選ぶ時、そこまで考えておく必要があるのです。

ちょうど、コミケに参加するにあたって「このまま二次創作だけしていていいんだろうか? 自分は本当にプロになりたいんだろうか? ならないとすれば、他の業界における正規雇用に向けて資格試験の勉強をしておくべきではないだろうか」

と、考えておく必要があったのと同じです。

当方は「連帯するな」と申す者ではありません。「先に注意事項を言っといてやるから、後から愚痴を言って責任転嫁するな」と申す者です。

「お母さんが世の中の仕組みを優しく教えておいてくれなかったのが悪い」というなら、いま言ってやったから、あとは自分で考えろという話です。

流行に釣られ、勝手な期待を持って、軽い気持ちで入って行ってしまうことの防止です。

Related Entries