1974年10月、斉藤耕一『無宿』勝プロダクション

  01, 2017 11:03
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生まれて初めてや。こんなこと言うたのは。

製作:勝新太郎・西岡弘善・真田正典 脚本:中島丈博・蘇武道男 撮影:坂本典隆 照明:中岡源権 録音:大角正夫 美術:太田誠一 音楽:青山八郎 編集:谷口登司夫 音響効果:倉嶋暢 助監督:市古聖智 色彩技術:渡辺貢

我は海の子、白波の。「やどなし」と読みます。まさかの昭和49年度芸術祭参加作品。

ジンタが流れる昭和初期。仁侠映画にリアリズムを持ち込んだり、別種の男のロマン要素を重ねることは、すでに蓄積があるわけですが、これはっ。

ズームに次ぐズーム。最高のロケハン。最高の音楽。轟く潮騒。二人の男の生きざまを丁寧に心理描写しつつ、大胆不敵に編集してお届け致します。ラストショットまで圧倒的映像美。これが勝プロだ。

男が男に惚れる時。男が男を口説く時。

大映で市を演じながら東映の高倉に憧れていた勝が念願かなって呼ぶことができたということではあるはずで、その思いがキャラクターの立ち位置にそのまま表れているようです。

臆面もない勝に対して、迷惑そうだが若干照れてるみたいな高倉の風情がいいわけで、友情描写が濃厚すぎて、日本じゃなきゃ撮れないかもしれない……と思いつつ、じつは女性キャラクターがひじょうに好印象なのでした。

男女とも和服を着た任侠路線なんですが、思い出すのはフランス映画。梶芽衣子の自然体がいいわけで、髪をきっちり結ってないところと、薄いメイクの1970年代らしさ。台詞も最小限で、朴訥とした男同士の会話がいいわけですが、それを見る女の恨めしそうな眼がまたいいのです。

ウーマンリブの時代には、男性映画に女性キャラクターをどう絡ませるかが課題の一つになったわけですが、これは魅力的な解決方法だと思います。女が「あたしにはこれしかできないな」と思った時、捨て身になるのもまたダンディズムなのかもしれません。

日本の仁侠映画は、というか日本映画全体にフィルム・ノワールへの憧れがあったはずで、東映プログラム任侠ピクチャーの監督たちも、その枠内でさまざまに工夫を凝らしていたわけですが、それがついにここまで来たかと思うと感慨深い……ただし。(以下、詳細に言及します)





1974年という公開年を考えると、観客はまだ「座頭市と花田秀次郎の対決または共闘」という話を期待したはずで、その立場からすると肩すかしをくらったと言わざるを得ないでしょう。

けれども、男のロマン要素からしても、世捨て人ファンタジーとでも呼ぶべき要素からしても、やっぱり連想するのはアラン・ドゥロンとベルモンドなど。女性の自然な表情もフランス映画のセンスに近いと思います。

ですから、そういうのが好きな観客にとっては「日本にもこういうのを撮る監督がいたか!」という嬉しい驚きだったかもしれません。(当方はここです)

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