1999年1月、大島渚『御法度』松竹

  02, 2017 11:05
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製作:大谷信義 原作:司馬遼太郎 脚本:大島渚 撮影監督:栗田豊通 美術監督:西岡善信 衣装デザイン:ワダエミ 音楽:坂本龍一 松竹・角川書店・IMAGICA・BS朝日・衛星劇場提携作品

そうとは言わずに交わされる、男たちの純情とサディズムと嫉妬。大島渚ここにあり。

妖しい美少年のお話ですが、初手から「その道」の話であることを隠そうともせず、終幕まで真正面から主題に取り組んだ監督の男らしさが清々しいです。

画面には京都で青春時代を過ごした人らしい怜悧な美意識がみなぎっております。この題材にして世界公開もむべなるかな。

じつは大島って、題材と宣伝がセンセーショナルなので誤解されやすいだけだと思う今日この頃なわけでございまして、観てみると印象が違うのです。たいへん瑞々しく美しいのです。

劇中人物の視線を表すカメラ使いによって物語の語り手を暗示する手法も印象的です。

京都、一八六五。無声時代を思わせる字幕の洒落っけが嬉しい。構図と音楽から連想するのは1970年代の篠田正浩作品や市川崑作品で、それは当然としても、1960年代の『怪談』や、1950年代の木下恵介カラー作品まで想起されることです。

なんというか、懐かしいのです。セピアまたはプルシャンブルーで統一した色調と、緻密な照明が最新技術を駆使しているのは明らかですが、懐かしい感じがするのです。CGではなく美術さんがいい仕事していた時代の最後を飾る記念碑と申しましょうか。

監督(1932年生まれ)の本格デビューは1959年だそうですから、ちょうど30周年ではあります。

まずは得意の回しっぱなしによって骨太なアクションを拝見できます。優作の息子は、おお父ちゃんそっくり。(龍平、1983年生まれ)

若衆というには上背がありすぎるような気もしますが、かえってそれによって「搾取」されるという悲惨さではなく、もともと本人に危険性がある、ひいては新撰組そのものが(刃物を使う)危険な集団であることを暗示することができたかと思います。

なお「しゅうどう」と発音しておりますね。1976年の市川作品では「しゅどう」でした。どっちでもいいのが日本語のいいところです。

近藤さん役(崔洋一、1949年生まれ)は重鎮俳優の趣ですが、誰だ……? と思いましたら、映画にはスタッフとして関わってきた人で、俳優としてはほぼ初出演なんだそうです。(驚)

武田真治(1972年生まれ)が長い台詞をサラサラッと言うにも驚かされます。

じつは武田より1こ下の浅野忠信(1973年生まれ)は、髭面でありながら清潔感とややコミカルな人情味があり、殺伐とした男男男の痴情と白刃のもつれをギリギリ救っているような気が致します。

がんばれトシさん・負けるな山崎という中間管理職応援映画でもあって、トミーズ雅がじつに良いです。伊部雅刀も独特の芝居っけを横溢させております。

ビートたけしは、およそトシさんらしくはないですが、あの「井上さんは冗談としても」と言った時のナチュラルに肩の力が抜けた感じは、演技というのか何なのか。不思議な魅力です。

開始20分あたりで彼の口から披露される、革命の夢に取りつかれた若者たちの心理は、監督=脚本の闘士時代の経験が活かされているのでしょう。

隊内の結束を危うくする最大の秘密は誰の心の淵に潜むのか。総司の質問が答えを得る日はあったのか。

常盤の山の岩躑躅、言わねばこそ。


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