Misha's Casket

ARTICLE PAGE

1985年6月、黒澤明『乱』ヘラルド・エース=グリニッチ・フィルム

なんだって俺ァこんな爺ィにくっついてるんだ。

脚本:黒澤明・小國英雄・井手雅人 演出補佐:本多猪四郎 撮影:斉藤孝雄・上田正治 撮影協力:中井朝一 美術:村木与四郎・村木忍 照明:佐野武治 録音:矢野口文雄・吉田庄太郎 整音:安藤精八 効果:三縄一郎 衣装デザイナー:ワダエミ 助監督:岡田文亮 音楽:武満徹 指揮:岩城宏之 狂言指導:野村万作 能作法指導:本田光洋(金春流) 横笛演奏指導:鯉沼廣行 馬術指導:渡辺隆 殺陣:久世竜・久世浩 題字:今井凌雪(雪心会)

雲。もくもくも雲。陽射しの色。虫の声。セットのリアリズムと人口の強風にこだわり続けた人が撮る日本の風景。やっぱり1年かけてデルス撮って来てよかった。

女権運動まっ盛りの1985年。蛇女の息吹に煽られて、のたうち廻る男たち。ワダエミのヨーロピアンな感性で鮮やかに色分けしてお送りする海外向け架空戦国絵巻。

本職の能衣装店に発注したらしい衣装が魅力的。(俺が着たいという能楽師もいるかもしれない)

富士山麓と阿蘇山麓で会戦を撮りつつ、国宝を使って籠城戦を描いたようで、日本縦断ロケーション敢行。もくもくと成長する雲は廻しっぱなしのカメラで撮っておいたのを城と合成しているのでしょう。

雄大な自然を活かした撮影は『隠し砦の三悪人』でもやってましたが、あれは大自然については撮りっぱなしだったので、幻想的な虚実の共存は『蜘蛛巣城』を想起させます。

バロック的な量感で押し進む合戦描写を音楽劇に仕立てたのは黒澤的には新しい発想。火矢や銃弾が画面を横切るのは黒澤らしいですが小津トリビュートなのかもしれません。仲代さんはどうやら本当に火焔の中で演技なさってるようです。

主演が三船だったらどうだったかなァ……と繰りかえし思ってしまうことですが、すでに『蜘蛛巣城』があることを思えば、その二番煎じになってしまうわけには参りません。

思えば三船は黒澤さんにとって(危険な撮影をさせて恨まれようとも)青春のきらめきの象徴だったわけで、『赤ひげ』でカッコよく歳を取らせたところで打ちどめにしたのです。この老醜無残を三船で撮る気にはならなかったでしょう。

濃すぎるメイクはいつものことのような気もしますが、能面の「尉」を意識しているのかもしれませんし、舞台劇をそのまま撮った感じを出したかった人なのかもしれません。

前作では危険な雰囲気を漂わせた信長だった隆大介が、あさぎ色の陣羽織も清々しい三男坊。ピーターの能舞もお見事。

【以下詳細に踏み込みます】






『リア王』自体にオイディプスが反映してるはずですが、女性に助けられて彷徨うのではないところが黒澤流。『白痴』『どん底』『悪い奴ほどよく眠る』などを考え合わせても、どうも女性観が鬱屈してるような気は致します。

小津や木下の複眼視を思えば、黒澤が男性目線偏重なのは明らかで、そこが世界的に若者を喜ばせるのかもしれないとも思われます。

楓の方はカッコいいですけれども、自力では復讐を貫徹できないので男を使おうとする。それに対してビシッと一線を引く井川比佐志演じる鉄(くろがね)は、主君が危うくなったからといって逃げ出すわけではなく、お供仕るという潔さ。

楓の方は、彼の独善性を口先では非難するけれども、やっぱり監督=観客の共感は鉄に集中するようにできていると言っていいでしょう。

思えば『用心棒』でも最後に観客の目線をかっさらって行ったのは釜足さんだったわけで、ヤクザの出入りに巻き込まれて身代つぶした店主ですね。その出入りをけしかけたのは用心棒だから後味が悪い。

男がやりたいようにやった、生きたいように生きた後で「やり過ぎたかな……」と反省する。独善的だが悪い奴じゃない。そういう境地を描き続けて来たのが黒澤だとすれば、これはやっぱり(現時点で)シリーズ最後を飾るに相応しいと言えるのでしょう。

余談のようですが、草を編んだ兜は小道具さんが本当に草を編んで作ったんだろうなァと思うと、ちょっと微笑ましいことでした。


Related Entries