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林芙美子・成瀬巳喜男『めし』再考。

どう考えても上原謙の横顔は「日本のグレイト・プロフィール」であって、映画界広しといえども、最も非凡なのです。

それを眺めて、また世紀の美人女優・原節子が「この平凡な横顔の男を支えて生きるのが私のつとめ」ってのは、やっぱり無理がある。

映画会社の興行的思惑によるものだったそうで、まァそりゃそうでしょうが、本来どうあるべきかと考えてみると、まずお互いに非凡だったからこそ、駆け落ち同然の熱愛結婚で結ばれたのです。周囲がうらやむくらい。

それが「結婚ってこんなことなの?」と愚痴をこぼしながら所帯やつれして行く。

劇中で決定的に不足だったのは「ヒロインが再就職・独立しようと思ったが、世間の無理解の壁に阻まれる」という描写だと思うのです。

すなわち本人は「自分はまだ若いからやり直せる」と思っていたのに、面接を受けに行くと、当時のこととて「うちは25歳まで」とか言われちゃう。そういう描写がなかったのです。

ヒロインは職業安定所の行列を見て、自分から気後れしてしまう。おそらく若い頃は父親の口利きか何かによって、労せずにタイピストなどの職を得ていたのでしょう。

それでもまァ、ヒロインが自分から「私は気弱な女でしかなかったんだわ」と自覚するには充分なんだけれども、だからといって、にっちもさっちも行かないというほどではない。そこから奮起してもいいわけですから。

決定打を欠いたままに、まるで何事もなかったかのように夫が迎えに来るわけですが、ほんとうはもう少しヒロインが打ちのめされたところで「こんな私でも迎えに来てくれる人がいる」という感動をターニングポイントにするべきだったでしょう。

じつは夫のほうも「色男、金と力はなかりけり」で、うだつの挙がるタイプではないのです。彼もだんだん老けて行く。その非凡な横顔の隣りに眠る幸せを最優先に相手を選んだのは、若かった頃の私自身だけれども。

自分にも相手にも夢が破れたからこそ、新しい一歩が始まるわけです。この夫は冷たい皮肉も言わず、怒鳴りもせず、揶揄もせずに迎えに来てくれる。その、のんびりした優しさがあるだけでいいじゃないか、と。

生活は厳しいけれども、まァ会社員と内職で、なんとかやって行けるかな……と。

配役が美男美女であることを活かすなら、そういう話だったろうと思います。


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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。