Misha's Casket

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コミュニティ内部の多様性と、外部に対する一枚岩的対応を混同すると、内ゲバ。

わざわざ「30年前の私の同人誌の客は『エロ』を求める少女だけだったよ!」と言って来る人は、こちらの話が「それを好まない人もいる」というものであることを分かっているわけです。分かったうえで否定するわけです。

でも、ここは「BLはエロであるべきか、非エロであるべきか、そこが争点だ」といって喧嘩するところじゃないです。

なぜなら「エロくないBLなら売ってもよい」という規制案が決定すれば、どこで線引きするのかという問題が発生し、検閲が行われることになるからです。すなわち創作家・読者が検閲の導入に賛成したことになるからです。

そうじゃなくて「BL内部の多様性を認め、すべての検閲に反対します!」に一本化するところです。

逆に言えば「あんた、自分の好きな非エロだけ教育委員会に認めさせて、エロは規制されればいいって言うのね!?」という対抗意識・被害妄想を持ってしまう時点で間違いなのです。

「内部における多様性」と「抑圧的な外部に対する一枚岩的対応」を混同すると、内ゲバが起きるわけです。

内ゲバを起こす人ってのは、発想が受身なのです。自分の責任において多様な意見を認めますと言うことができない。「違う意見の奴が出てきたわ! 私が負けちゃうわ!」と思ってしまうのです。

すでに心が負けているのですが、もともと勝ち負けの問題ではないことを勝ち負けとして捉えてしまうのは、本人のライフスタイルが競争的だからです。なんでも「どっちがえらいか」という話にすり替えてしまうのです。しかも勝てる気がしないのです。だから過剰防衛になるのです。

可能性としては「いつも母親によって兄姉と較べられていたので、また負けちゃうという不安に駆られている」ということなのですが、いつまでもそれを引きずっているのは本人の責任です。

なお、すでに年齢制限の話が出ている時に「昔の客は少女だった」ということは、現代において「年齢制限に反対します。昔同様、少女にも売ってやるべきです」という意味になります。が、これは同人全体の本意ではありません。

時代の変化について来られない人は、無理しなくていいです。

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