日本のサブカルが説得するべき、本当の相手。

  11, 2017 11:03
  •  -
  •  -
第二次ベビーブームが終了し、年間出生数が激減した1975年に生まれた人々が、今年42歳になります。(すでに上半期も終わりつつあります)

彼(女)らが30歳で人の親になったとすれば、お子さんが12歳。早生まれなら中学1年生に上がりました。

1980・90年代には、少女が同人誌即売会に通うことに夢中になっているというので、評論家・社会学者・マスメディアが面白がったわけですが、それは「児童生徒の非行はおとな社会の不条理を反映しているだけで本人の責任ではない」という非行文化論の延長だったのです。

けれども、当時の少年少女が保護者になってしまいました。

彼(女)らは「若者文化とひと口に言うが、俺は・私は暴走行為に加わったことはないし、万引きしたこともない。同人誌即売会に通ったこともない。俺は・私は昔からオタクという連中が大嫌いだ。いまさらうちの息子・娘が変な漫画を買ってくるようじゃ困る」と言えてしまうのです。

彼(女)らは、18歳になった時、1993年でした。いきなり就職氷河期だったのです。「だからといって俺は・私は他人の権利品に手を出したりしなかった。今だって真面目に働いてるぞ」と言えてしまうのです。

彼(女)らに対して、同人が情状酌量を願い出ることはできません。1980・90年代に流行したフェミニズム批評を思い出して「男性中心社会が~~」とか「母親のトラウマが~~」とか言うだけ言ってもいいですが、恥の上塗りです。

【政治家は説得できる】

源流をたどれば古代のアニミズム信仰にまでさかのぼる日本人のキャラクター好きを、外人目線の評価基準によって禁止させてはいけない。日本の政治家なのに、日本人よりも外人の味方するのか。

これを言われて「おう、俺は確かに非国民だ」と言える政治家はいないのです。だからTPPの時も「アメリカに口出しさせるな」という反米闘争に落とすことができたのです。

国連ってのも、基本的に連合国主導ですから、枢軸国としては「いかに敗戦国だろうと文化にまで内政干渉を許しちゃいかん!」と突っ張ることができるのです。

だから「日本のサブカル」を弁護する人々は、伝統文化を引き合いに出すのです。

日本国内において、教育が高ければ高いほど、教養が深ければ深いほど、古代信仰や中世文学や浮世絵を引き合いに出されたら「わ、私だってそのくらい知ってますよ」と言わざるを得ないのです。

けれども、庶民の生活実感としては「そんな古い話は関係ない。俺はとにかく自分の子どもが変な漫画を買い込む奴にならないでほしいだけだ」と言えちゃうのです。小遣いやってるのは俺だぜ?

これに対して供給側が言えることは「本人が成人してから自己判断で購読することを理解してやってください」しかないのです。酒・煙草・パチンコなどの業界と同じです。そのうえで、依存症にならないように・ニートにならないように、読者・視聴者に呼びかけていく・お願いしていく他ないのです。

重要なのは『おそ松さん』を制作している脚本家・アニメーター自身はニートではないことです。これが「日本のサブカル」の現状です。

私が同人やっていた頃は子どもが買いに来た(私自身も子どもだった)なんて思い出話は、なんの役にも立ちません。

Related Entries