プロになったら、同人やめたわけじゃないです。~にわか同人の縄張り意識

  12, 2017 11:03
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そもそも創作家として食っていくとはどういうことかというと、ようするに創作物を制作して売ることです。

どこで売ってもいいのです。出版社に売る(出版権を設定する)でもいいし、路上で売ってもいいし、屋根のあるイベント会場で売ってもいいのです。紙が濡れると困るので屋根があるほうがいいですね。

つまり、創作家になるということは、自由業で生きて行くということです。自分で取引相手を見つけて、売上と経費の計算して、確定申告する個人事業主になるのです。

つまり「高校または大学出たら就職しないで起業する」ということです。その根性はあるか?

貿易会社やIT会社を立ち上げる技術や度胸はないのに、創作だけで食って行く技術と度胸ならあるつもりか? いままで一回も原稿を仕上げたことがないのに? 同人なめんなって話です。

【同人とは】

もともと「同人」というのは、尾崎紅葉や与謝野鉄幹も使っていた言葉ですし、日本画・南画の画家たちも使いましたし、現代の歌人・俳人・書道家も使う言葉です。第一義的には、たんに「仲間」という意味です。

それぞれが出版社に認められるのを待つのではなく、仲間から会費を集めて同人誌を発行することによって自由な作品発表の場を確保したり、展覧会を開いたりするわけです。

漫画同人も、それぞれに2人・3人と仲間を見つけて同人会を結成し、おカネを出し合って合同誌を自費出版することによって、作品発表の場を確保していたのです。

日頃は同人誌の形で作品発表している人が、ある作品だけは一般向けの可能性を認められて出版社と契約した(出版権を設定した)という時、出版社を通じて単行本が発行されるだけです。それを「プロになった」と言ってもいいし、言わなくてもいいのです。明治時代からそういうものです。

海外では大学教授などが長い夏休みを利用して小説を書いて出版社に送ると書籍化されるという方法のほうが、むしろ一般的です。現代日本における「定期的に大量発行される雑誌の連載陣として創作家が出版社に囲い込まれてしまう」という現象のほうが特殊なのです。

もちろんエコノミックアニマルらしく効率を追求した結果です。創作の工業化。江戸時代の浮世絵制作工房や、文楽・歌舞伎の座付き戯作者の伝統が響いているのでしょう。

けれども、じつは出版社を通そうが通すまいが、自分で「俺は漫画で食ってるから漫画家だ」と思えば漫画家で、小説家だと思えば小説家です。収入において食っていけるレベルではないことを自覚していれば「漫画も描いてます」というだけです。

そのいっぽうで、出版社ではない企業と契約して、食品製造や、ホールスタッフとして労働しているとしても「それが本業である以上、漫画を描いてはいけない」ということはありません。

どっちが本業か副業か、べつに決めなくたっていいのです。

現代だって、プロ同士が集まった同人会・同人誌はあり得ます。コミケ出展者にもさまざまな形態があります。誰も「複数でやってはいけない」などと決めてはいません。

自分と似たような個人的出展者とばかり付き合っていただけという視野のせまい人が「個人でやるものに決まってるのよ」などといって、威張るものではありません。

【家制度と責任転嫁】

日本は、どこの業界でも「親分・子分」の家制度が残っており、それに基づく終身雇用制が強固です。(だからこそ正規雇用と非正規雇用の差が大きいのです)

「親分に食わせてもらっている義理がある」という受身・被扶養の意識が強く、二つの組織に同時に属することはできないという禁忌意識が強いのです。

したがって、創作家も出版社と契約したら、お互いに「お抱え」という意識になってしまい、他における自由な作品発表を禁止されると思ってしまいやすいのです。

事実として専属契約を結び、同人誌の発行やインターネットにおける作品発表を禁止されることもありますが、それは創作家自身が「それでいい」という契約をしただけであって、出版社の社員になったわけではありませんし、人格として社長の子どもになったわけでもありません。

にもかかわらず「プロになった人が同人の世界に戻ってきた」という言い方をする人は、自分自身が縄張り意識にとらわれているのです。

戻ってくるも何も、いつ同人誌を即売会に出展しようがしまいが、各人が自由に決めていいのです。

ある時は「市販雑誌連載用の仕事が手早く終わったので余裕を持って同人誌即売会出展用の作品を用意することができた」と思えば出展するし、次回は「忙しかったから自費出版しなかった」ということもあるし、また次回は出展するかもしれないし、と思ったら抽選に落ちるかもしれないのです。けれども、インターネットでオンデマンド発行してもいいのです。

個人主義を理解できない人が「母親のせいで同人になった」とか「事件のせいで売れなくなった」とか、責任転嫁ばかりするのです。


(参考:2015年11月、森 博嗣『作家の収支』幻冬舎新書)

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