「扶養される男」という先入観と、自立支援時代の同人・BL論。

  16, 2017 11:05
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女を養う能力がなくて、自分が男に囲われたほうがいいような顔した若者。

そういう可愛い子は、私が見世物として利用してやるわ。相手の男も、ついでにね。

これがフェミニズム批評的BL論を成り立たせる根本的な発想ですね。

「新時代の自立した女性は、男性から扶養して頂く必要がないので、ヒロインが男性から扶養していただく代わりに家事に励むという物語を読んでも、うっとりと感情移入したり致しません」というわけ。

もともと若者を寵愛するというのは、前近代的特権階級男性が実際に行っていたことで、若年者のほうではそれを喜んでいたという証言はないのに、喜んで迎えてくれたという美化された伝説が確立していて、男性が自分でそのステレオタイプを用いて絵巻物や黄表紙本を量産して来たわけです。

そのステレオタイプを女性も利用するのは、戦後憲法に保障された男女平等にかんがみて正しい。

それを今さら男性が「若者が可哀想だ」なんていうなら、女としては「今なお続く男性中心の社会機構に対する皮肉ですよ」と言ってやることができる。

フェミニズム批評的BL論とはこういうことです。それなりに一貫性があるのです。これはこれで正しいのです。この限りにおいて、BLはフェミなのです。

【誰が誰を愛でるのか】

たんに女性が男性を愛でるだけなら、女王様と警護の若者という話でもいいわけです。

じゃなくてBLとして成立するためには、女性のほうで前もって「この世には、女性的な顔してるので(女性にモテると同時に)男の相手に選ばれる若者もいる」という予備知識または先入観が必要なのです。

言い換えると、女性が美男子を見かけた時に「こういう男の子には男も目をつけるのよね」と連想することが必要なのです。つまり、それに先立って本人が「そういうこともある」と知っているのです。

日本の女性は、その先入観を打ち破って実在性的少数者を解放してやったのではなく、その先入観を自分も利用しただけなのです。

なにも知らなかった少女の自発でも、トランスゲイでもなんでもなく、この日本では、もともと男性が、その要素を厳しい宗教的タブーとして来なかったから、女性も便乗できたにすぎないのです。

便乗することを禁止されないのは、女性の自由であり、権利です。けれども、あくまで男性における既成の価値観に自分を合わせて行っただけなのです。

その状態で「既成の価値観を打ち壊すためにゲイと弱者の連帯したいわ」と言っても、ぜんぜん説得力ないのです。彼らから相手にされないのです。

もともと明治時代の文学や、内藤ルネが描いたイラストや、ピーターのような存在を(映画で)知って「同性愛とは女性的な若者を可愛がることだ」と早合点したのです。

勘違いとは言わないまでも早合点なのです。まったく間違いではないけれども、そういうのは彼らの文化の一部にすぎないのです。

(だから『薔薇族』を買えば自分好みの美少年の写真をたくさん見られると思ったのに、なんだブサイクばかりじゃないのとクレームする女もいたのです)

【二次創作BLとBLは別】

著作権の絡みが出てくると「女の自由」とばかりも言っていられなくなるのです。

もし、二次創作BLについてもフェミニストが弁護するなら「男性の著作権者は女性の同人を告訴してはいけない」という圧力をかけたことを意味します。

事実上これが発効してしまったので、いまでも女の二次創作同人だけが異様な強気に駆られているということがあります。

けれども、女性の著作権者はその限りでないのです。プロ創作家は少女に対して「私の作品を利用させてほしいなんて甘ったれたことを言ってないで、私たちを見習ってプロになれるように真面目に修行しなさい」と言えてしまうのです。

フェミニストが女性の自立を弁護すればするほど、これには一言もない。

だから本当いうと「同人とフェミは別」じゃなくて「二次創作BLとBLは別」なのです。

後者だけなら男性社会に対して「女性の表現の自由」を主張し得るのです。

けれども、二次創作者が、とくに女性の著作権者に対して、フェミによって守ってもらえると思ってしまってはいけないのです。

ここであわてて「だって私の場合はお母さんが」と、トラウマ原因論を持ち出せば、そういう可哀想な少女こそ同人活動を禁止して、問題を抱えた母子を社会がサポートし、他人の権利品に手を出さなくても生きていけるようにパソコンスクールにでも通わせてやろうってなことになるのです。これが自立支援時代の同人・BL論です。論理的帰結です。

だから現代の同人に言えることは「二次創作は、わたくし自身が成人の責任において自由選択したことであり、人生の先輩の皆様といえども、漫画道の大先輩といえども、大学学長といえども、御意見無用です。(権利問題につきましては話し合わせて頂きたく存じます)」だけなのです。

だから、いい歳して「まだ少女だから大目に見てもらえる」なんて思っていてはいけないのです。


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