二次創作BLの権利に関する大きな勘違い。

  01, 2017 11:01
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TPPによる著作権侵害の非親告罪化に反対するという話の論点は、あくまで「非親告罪化」です。

すなわち「警察を使って積極的に取り締まる(検閲する)ことだけはしないでください」という話です。「二次創作を全面的に自由化してください」ではありません。

「政府の命令によって原作者から著作権を剥奪し、同人を完全解放してください!」ではありません。

だったら著作権者は政府を提訴してやったっていいくらいです。が、誰もそんなことは言っていません。

個々の著作権者は依然として著作権者であり、キャラクター商品化権を管理する権限を持ちます。

キャラクター商品化権というのは、従来の著作権法では「キャラクターとは何か」を(「萌えるものw」とかではなく)法律の条文として定義することがむずかしいという事情があって、明確に保護されていませんでしたが、だからこそ、著作権者から訴えがあれば、法律家はさまざまな法令・判例を駆使して、なんとか著作権者の権利を保護することに努めて来たのです。

2015年11月以来、著作権者は安倍総理の鶴の一声によって著作権を剥奪されたのではありません。今なお、ピンポイントで特定の同人を告訴することもできれば、ジャンルを停止させることもできます。

したがいまして、昔も今も、同人のほうから「二次創作はカネもうけのために決まってるでしょ!」と言ってしまうことはできません。

言うだけ言ってもいいですが、それは「商品化する権利を侵害しました」という意味です。つまり罪の自白です。社会的信用度の点で致命的です。

なぜ、基本的なことが分かっておらずに、大勢のフォロワーさんの前で赤っ恥かいてしまう同人くずれがいるのか?

「女の子には弱者特権がある」などと勘違いしているからです。

【BLと二次創作BLは別】

「だって女の子には他に生きていく方法がないんだよ!? 体を売れって言うの!?」みたいなね。変に強気な被害者意識を持ってしまっているタイプが時々いるのです。でも簡単に論破できます。

「なぜ、オリジナルを描かないのですか?」

1980・90年代のBL論は、プロによるオリジナル作品と、アマチュア二次創作を同じ隠語(「やおい」)で呼ぶことによって混同していたので「なぜ他人の権利を侵害するのか」という重大な疑問に答えることができないのです。

なるほど、フェミニズム批評を適用すれば「既存の少年漫画において、女性キャラクターは母親代わりの姉や運動部マネージャーなど家庭的な役割を与えられているに過ぎず、男同士はそのことに感謝もせずに自分たちだけ試合や戦闘に夢中になっている。すなわち男同士で遊んでばかりいる。それを皮肉ってやるために、わざと既成の作品を利用してやるのである」と言うことができます。一見もっともらしいです。

けれども、その皮肉の意図は、同人自身の創意工夫による登場人物によっては表現できないということはありません。

女流自身の創意工夫によって、登場人物の名前を決め、髪形や顔立ちをデザインした上で「男同士は武士道精神や学校教育の美名に隠れて、こんなことをしている」と描いてしまうことは、じゅうぶんに男性社会にとって衝撃的であり、日本男性が女性をエスコートすることを恥ずかしがったり、家族サービスすることをめんどくさがったりするという幼児性・独善性に対して、痛烈な批判となるはずです。

もともと、森鴎外が明治時代の学生の日常生活を描写したのも「地元の親は息子たちが真面目に学問していると思っているだろうに嘆かわしいことだ」という批判の気持ちがあったからですね。『ヴィタ・セクスアリス』と銘打ちつつ、決して煽情的な娯楽作品を意図したものではありません。

時移って竹宮恵子や栗本薫などの女流が発表した作品も、そのような諷刺の意図を含んでいると言えます。もっとも創作家自身は、あまり自作の社会的価値には意図的ではなかったかもしれません。技術を発揮すること自体に集中している制作・実演中の芸術家の多くがそうであるように。

だからこそ批評家が「ウーマンリブの時代精神を反映している」などと言うのです。

ということは、オリジナルで充分だということです。

つまり、フェミニズム批評をもってしては「女流が男同士の表現に挑戦すること」は充分に弁護できても、二次創作であることは弁護できないのです。

にもかかわらず、当の二次創作同人の中に「女の子だから大目に見てもらえる」という意識を持ってしまっている者がいるのが問題だっつー話なのです。

【ここから問題が二手に分かれます】

まず、フェミニストに対して「竹宮恵子などのプロをフェミニズム批評によって弁護することはできるが、二次創作同人活動についてはノータッチを貫くべきだった」という指摘ができます。

また「その際に竹宮などのプロに対して、二次創作BL同人が用いた隠語を適用するのは不適切だった。プロも自虐していたという誤解と差別の原因になってしまったのは残念である」という、プロのファンとしての苦情。

これに弁解する権利があるとしたら、フェミニスト自身。すでに引退した社会学・心理学などの研究者です。けれども当方は実際にそのような人々を引きずり出すことを望みません。現役・次世代の研究者がおなじ過ちを繰り返さないことを願うものです。

次に、二次創作BL同人・ファンに対して「プロと自分を混同してしまい、女の子だから特別というフェミニズム批評の意識によって著作権問題が不起訴にしてもらえると思っちゃうのはおおきな勘違いなので、余計なことを言っちまわないように気をつけましょう」という注意喚起。

当方は、二次創作BLを規制・摘発すべきであると呼びかけるものではありません。あくまでフェミニストに対して、プロ作品研究の不備を突くものであって、同人さんについては触れずに済ませようとしたのです。ここから第三の問題も発生します。

すなわち、無益な自己主張したがる「もと同人」の人間性という。以下次号。

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