BLの責任追及と責任転嫁。

  01, 2017 11:04
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1988年は、日本史上稀に見る凶悪な少年犯罪事件が2件起きた年です。いずれも少年の親の養育態度が問題視されました。

同時に、少年刑法犯検挙人員に占める女子の割合がピークに達した年でもあります。

翌1989年にかけて連続発生し、犯人検挙されたのが「M事件」。この年に「1.57」という数字も発表され、少子高齢化・晩婚化が確認されました。

そうなってから「少女はモデルみたいにやせて玉の輿に乗らなければならないという結婚プレッシャーから逃避するためにBLに依存せざるを得ない」という説明がなされたのが、1990年代のBL論です。明らかに時代錯誤ですね?

やせていようがいまいが、ダイエットしようがしまいが、すでにほとんどの成人女性が晩婚化しており、もはや少女の将来は「ねえやは十五で嫁に行き」というものではなかったのです。

少女は学問または手に職をつけることに励み、自立の道を確保しなければならない。

すでに1985年には男女雇用機会均等法も改正され、女性総合職も誕生しつつあった時代に、トラウマ原因論ごっこして可哀想ぶっている場合ではなかったのに、評論家・社会学者は何をのたまっていたのか?

責任を追及されたと思ったのです。少子化と女子非行の。

新世紀を目前にして、少年が凶悪化し、女子が男性化し、結婚と育児を忌避している。そもそも団塊の世代である保護者自身がモラトリアム化して、育児能力を喪失している。

このままでは、我が国は凶悪犯罪が増え、子どもの数は減り、滅亡してしまう。一体いつから、女性の「母性本能」は衰退してしまったのか? 戦後の日本に何が起きたのか?

バブル崩壊の影響が色濃くなりまさる1990年代、我々はどこから来てどこへ行こうとしているのか、日本社会は過去を振り返り、犯人探しをしたくなったのです。

で、女子の男性化の原因あるいは象徴的結果として槍玉に挙げられたのがBL。

だから、団塊の世代の一員といえる二十四年組や、その妹分といえる栗本・榊原などの『JUNE』作家たちが「被告側証人」の立場に位置づけられ、自己弁護につとめたのです。(※栗本薫=中島梓)

一見すると「やおい少女」を語っているようでありながら、そのじつ、少女よりも30歳くらい年上だった人々が「なぜ私は1960年代または1970年代に美少年を必要としたのか? あの頃の少女(=私)にはプレッシャーが強かったからだ」という昔話をしたのです。

だから、1990年代のBL論は、時代錯誤で、言い訳がましく、男性社会に責任転嫁しているのです。

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