1960年11月、小津安二郎『秋日和』松竹

  09, 2017 11:02
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お母さんのお母さんだって、きっと我慢してくれたのよ。

原作:里見弴 脚本:野田高梧・小津安二郎 製作:山内静夫 撮影:厚田雄春 美術:浜田辰雄 音楽:斉藤孝順 録音:妹尾芳三郎 照明:石渡健蔵 色彩技術:老川元薫 フィルム:アグファ松竹カラー 監督助手:田代幸三

昭和三十五年度芸術祭参加作品。ラーメンが食いたくなる映画。すごいシンプルな醤油味のやつ。

『東京物語』以上に有名ってことはないはずの作品だと思いますが、拝見した中ではオープニング音楽と劇中の構図がズバ抜けて美しいと思います。

ファーストショットは今日も赤が美しい東京の象徴。(この頃できたんですね)

物語は例によって「勘のにぶい小娘の思い込みの激しさはめんどくさい」というお話(・∀・) オヤジ三人組のしょーもない会話の軽妙さとはいい対象です。

男同士の会話のリアリズムは当然ではありますが、残念ながら小津は若い女のレベルの低い独善性もよく見ているという他ありません。こういうのは「人のふり見てわがふり直せ」という教訓に致しましょう。

なお経験的に、ふたこと目には「うちのお母さんが」という娘は嫁に行けません。女から見てふたこと目には「うちのお袋が」という男が「マザコン」と感じられるのと同じです。それでいいという人はいいですが、「きのうお母さんとも話したんだけど~~どうして私には相手ができないのかな~~?」とか言ってる人は気をつけましょう。

(小津映画は、基本的に女性観客向けホームコメディを意図してるつもりなんですが、じつは「撮影技法の点で勉強になる」という点も含めて男性が観たとき面白くて、女性が観るといたたまれないように出来ているのです。監督の男性性がむき出しに表現されていた時代)

映画に戻ると、キャストは子役まで含めてお馴染み小津一座。セットの既視感がすごくて、脳内で別の作品が4本くらい走馬灯のようにグルグルします。うはうなぎ屋のう。酒場はルナで決まり。

小津映画の変わらぬ特徴である「正面バストショットを編集した会話」は、観るたびに「どうやって撮ってるんだ……」と心配になることです。

実業家の旦那は今日もいい感じに素人らしいカッコ良さを見せてくれます。孝順音楽は今日も場面とズレてます。佐分利のとぼけ具合は「本人がこういう演技に開眼したんだろうな」と思わせてくれます。

原節子は劇中で「きれい、きれい」と言われてるんですけれども、じつは体格も目も鼻も口も大きくて、男性から見て威圧的に感じるんじゃないかなぁと思います。

ほんとうはニコニコさせておくだけではもったいなくて、『上海陸戦隊』『安城家の舞踏会』『晩春』『白痴』『わが青春に悔いなし』などにおける怒りに満ちた表情や、権の高い悪女な感じがお似合い。

司葉子のほうが、たぶん男好きのする美人。岡田茉莉子は楽しそうです。ときどき男の子みたいな台詞がご愛嬌。これは他監督にはない特徴で、野田ライクなのか小津ライクなのか。

思えば『晩春』で嫁に行った原節子のその後を描いたと観ることもでき、ラストシーンの印象が重なるのも感慨深く、その後見として笠智衆が(出番は少ないながら)ちゃんと控えているのが重要で、物語としても背景美術としても使いまわしというよりはセルフパロディと申しますか、意図的な集大成という様子からして、監督に「これが最後」という覚悟があったのかもしれません。

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