ほんとうの敵は、復讐を人生の課題にしている自分自身です。

  09, 2017 10:59
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現代のBLファンの中には、「1980年代ふう過激路線にはついて行けない」という人もあれば、「BLにエロは要らない」という人もあります。

参考として、一般的な少女漫画・プリンセス映画は結婚がハッピーエンドでも同衾の室内までは描かない約束ですから、BLもその程度でいいという人がいるのも当然です。

実際に、1990年代前半までは、その程度の作品が少女漫画の一種として市販の少女向け雑誌上で公開されていました。

いっぽう現代では、もともと一般男性向けを意図した市販漫画雑誌上で、ゲイカップルが食費を節約しながら同居するコメディタッチの女流漫画が連載されて好評を博しています。

主人公たちは、自らの加齢と親の老化にまっすぐ向き合い、互いに誠実に対応しようとして話し合いを重ねます。美味しい手料理を分け合いながら。

連載誌はもともと成人男性向けですから男女の性的描写が掲載されることがありますが、この作品には性的描写がまったく登場せず、「ゲイはポルノのことしか考えてない」という偏見を打ち壊す優しい挑戦です。しかも主人公たちは実際のゲイの世界ではモテないタイプであることが劇中で説明されております。

一般男性読者がとつぜん「女性好みのゲイ漫画が読みたい」というアンケート葉書を殺到させたということではなく、ビジネスマン向け漫画雑誌を女性も読むようになったから、その好みに合わせた企画ということなのでしょう。

作中には「大先生」と呼ばれる女流弁護士も登場します。すでに成人した子息を持つ中高年女性です。法律家として弱い人々の味方になりつつ、配下の同性愛者を見守る。作者・読者の理想形といってもいいでしょう。作者・読者とも1990年代前半までに少女漫画の一種として公開されていた作品群を知っている可能性も高いですね。

もう、そういう時代になったのです。だから、そういう作品の掲載が増えれば「BLにエロは要らない」という読者が喜ぶでしょう。

そもそも、要らないという読者が、なぜわざわざそのようなことを言うのかというと「BLといえば過激なものばかり発行されているので買いたいものがない」といって嘆いているのです。

同人なら自分で書けばいいだけのことですから、これは「自分では書かない消費者のニーズの多様化」という話なのです。

出版各社にとってはビジネスチャンスの可能性があります。よろしくご検討ください。

【勘違いする自称ノンセク】

いっぽう「一般向け雑誌にエロを増やしてほしいなんて言う人は変。一般向け雑誌には過激なものが載らない約束になっていることも知らない『ネンネ』には困る」と言って来た人もあります。

他人の話を聞かずに、自分の思い違いを優先し、他人に勝手なレッテルを貼って、人格攻撃する人物のようです。

本人は「ノンセク」を自称しています。自分にもレッテルを貼っているわけです。

「ノンセク」とは、ノン・セクシュアルの略。具体的には、実際の性的行為およびその話題が苦手なので、職場における、いわゆるガールズトークについて行けず、迷惑しているのだそうです。

したがって、一般社会が成人女性に対して「彼氏がいるのが当たり前」という先入観を持って話しかけたり、彼氏がいないことをからかったりせずに、多様な生き方を認めてくれることを求めて、ゲイコミュニティと「弱者の連帯」するのだそうです。

だったら「私も性的描写のないBLが増えることを希望します」と言えばよさそうなものです。けれども若い頃には、ひじょうに過激な二次創作BL同人誌を発行していたそうです。おおきな売上があったことが今でもご自慢のようです。

この話を聞いて「うわ~~。やっちまった……」と思うのは、ほかの同人さんです。

【BLファンの自称ノンセクを真に受けてはいけません】

じつは、一部の同人・BLファンが、自分は現実の男女交際に関心がない(BLだけが好きである)ことを示すために「ノンセク」という言葉を使うのです。

「男女の話は恥ずかしい。または気持ち悪くて読めないが、BLなら超エロい描写どんと来い」という状態を「世間知らずな少女」とか「ノンセク」と称するのです。

一種のジョークですが、いちおう理論づけはあって、1990年代の「BLは抑圧的な母親に感情移入できず、実際の恋愛・結婚に挫折した少女の逃避先である」というフェミニズム批評的BL論を引きずっているのです。

それを真に受けて、自分は非婚ストレートというタイプの性的マイノリティだからゲイと連帯できるというつもりになってしまった人が、他人を差別したということです。

おそらく「ネンネ」という言葉は、もともと本人が職場で言われたことなのでしょう。通常は(ちょうど小津映画に出て来るような)若い女性に向かっていう言葉で、一般人が出版界の約束事に詳しくないという意味で用いるのは奇妙に響きますね。

つまり、本人が性的な文脈で言われたのです。彼氏がいなくて、ガールズトークに加われないから。それが悔しかったので、また別の人に向かって言ってみたかったのです。つまり復讐です。虐待を連鎖させる人物だということです。

【自分の先入観を優先する自称マイノリティ】

本人の中で「男女交際が苦手=BL=超過激」という公式が成り立ってしまっているので、過激ではないBLという要望自体が想定の範囲外だったのです。

でも、それでは自分自身が一般社会に対して「常識とは違う生き方を認め、前もって想像力を駆使して、無視されがちなマイノリティの心を傷つけないように、発言の際には配慮してほしい」と要望していることと矛盾します。

自分の多様性を尊重してほしいという人が、他人の多様性は尊重せず、人格攻撃したのです。差別しないでほしいという人が差別したのです。

それじゃ職場のガールズトーク仲間と同レベルです。ザッツ自称マイノリティ。ようするに嘘つきです。

もし、そういう言動を「母親がトラウマになっているせいだから仕方がない」と言い訳するのであれば、自分の子どもを持った場合に、母親同様に我が子にトラウマを与える可能性が高いということです。

つまり、結婚しなくて正解だったということです。

自分の選択に自信を持つことができれば「復讐してやる!」という動機も消えていきます。ほんとうの敵は社会ではなく、復讐を人生の第一目標にしてしまっている自分自身です。

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