男性中心社会ではなく、フェミニズムへの皮肉。

  22, 2017 11:02
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社会学者たちが「BLは二十四年組から始まった」と言ってしまう以上、それは少女の自発ではありません。

ときの小学館や秋田書店などに勤務し、少女向け漫画雑誌の編集長を拝命していた男性たちが、彼女たちの原稿を一目見て「没」と言っていれば、その後の展開はなかったのです。二次創作BLも発生しなかったことになります。

1978年に創刊された専門誌『JUNE』の編集長も男性です。少女たちはストレート男性によって「禁断の愛」の世界へ手引きされたのです。

それは男性中心社会に対する皮肉ではありません。少女の好奇心がストレート男性中心社会のビジネスに利用されただけです。その結果、ゲイコミュニティの人権被害を増やしたのです。

それを少女の独立心の表れとして弁護したフェミニストが、ゲイコミュニティに押しかけて「早くカミングアウトしろ」だの「女性の社会進出に協力しろ」だのと説教する筋合いはありません。

いっぽう、実年齢で18歳以上の大学生を含む「少女」たちは、口先では「同人はフェミとは別。BLはジェンダー論ではない」などと言いながら、女性向けは別という弱者特権意識を利用し続けました。それによって法的規制と著作権者による差止請求を逃れてきたのです。その結果?

他人の権利品を無断利用して手軽に小遣い銭を得ることに夢中になってしまい、学業をサボった結果、無免許・無資格の徒手空拳で就職氷河期に巻き込まれたのです。

二次創作だけで何年食っていけるつもりでいたのか?

そもそも1980年代「やおい少女」の急増によって、1970年代ベテラン同人が居場所をなくすという世代交代が起きていたのです。

フェミニストが少女たちを論じ、女性の自立心の表れとして称揚すればするほど同人誌即売会への出展申し込みが増え、抽選が厳しくなって、淘汰される者が増えるのです。

そして最大の皮肉は、母親の姿を通じて結婚に幻滅し、実在男性との交際を拒否し、二次元コンプレックスと女のホモソーシャルに逃避する少女たちは、そもそもの最初からフェミの仲間ではなかったことです。

なぜなら、彼女たちは「マミートラック」に乗せられる悲しみを共有してくれる同志ではないからです。たんなる独身です。

現代の「人生これから」という若い人々に申し上げます。

男だろうが、女だろうが、独身だろうが、配偶者を得ようが、自分自身が無免許・無資格であれば、既婚男性中心社会の末端で使役される労働者というだけです。

免許・資格を取ってなお、あるいは取ったからこそハードワークという医師や教員のような職業もありますが、何もないよりはマシです。幸いにして親御さんに余裕があったり、奨学金を利用できる等の条件がそろったら、その幸運を最大限に活かしましょう。

自分だけ幸運だから可哀想な生まれつきの人や被災者に悪いという罪悪感にとらわれる必要はありません。いや、とらわれてもいいですが、それを自分自身が怠ける口実にしてしまってはいけません。あなた自身がホームレスになってしまっても誰も救われません。

幸運だからこそ、可哀想な人々よりも努力して、そのお役に立てる人になりましょう。医師にはなれなくても、地元市役所の職員になって福祉課に配属されるということでいいのです。

確かに「漫画を読んでもらって楽しい気持ちになってもらう」というお役に立ち方もあります。その場合は本腰を据えましょう。プロの世界も同人の世界も甘くありません。「なめるな」と思ってる先輩なら、ごまんといます。


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