BLの未来のために、フェミニズム批評的BL論を克服しましょう。

  22, 2017 11:06
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当方の同人・BL論の目的は、フェミニズム批評的BL論が間違いであることを示し、それに頼る心を克服することです。

克服するとどうなるのかというと、実在ゲイコミュニティの被害を防止できるのです。

それによって「ゲイ側が本気で怒って、BLが規制される」ということを防ぐのが最終目的です。

したがいまして、たびたび「昔のフェミはこう言ったようですが、よく考えるとおかしいですよね?」という問いかけをします。

たとえば「女性キャラクターに感情移入できないからといって男性キャラクターに感情移入できるとは限りませんよね?」とか。「摂食障害にならない方法はBLだけではありませんよね?」とか。

それは従来の「女性は男性中心社会の被害者だからBLに逃避せざるを得ない」という説が間違いであることに気づいてもらうためです。言われてみればおかしいなと思って頂くためです。

それによって「私は男性中心社会の被害者だから、ゲイに失礼なことを言っても大目に見てもらえるのよ」という情状酌量ごっこを防ごうとするものです。もう、そういう理論に頼らない心を養って頂きたいのです。

被害者ぶって、わざと悪いことをするのではなく、ごくふつうに人間として礼儀を守れる人であってください。

ゲイとBLの平和共存。彼らの中にも読者がいる以上、不可能ではないのです。

【あなたには黙秘権があります】

上記のようなわけなので、同人・BLファンの皆さんが、あわてて「同人の本当の目的はおカネです!」とか「BLの本当の目的はエロです!」とか叫んでしまわなくていいです。無意味だからです。

同人の目的がおカネだからといって、ゲイに付きまとってよいわけではありません。BLの目的がエロだからといってゲイに失礼な質問してよいわけでもありません。

本当の目的は、言えば言うほど一般男性の興味を引きつけてしまい、若い女性がからかわれたり、付きまとわれたり、怪我させられたりする被害を増やしてしまいます。でも国民は自分に不利になる証言はしなくてよいことになっています。

だから本当の目的は黙ってていいので、昔のフェミに頼る心だけ、自分で克服してください。

【今どきのゲイチェイサーは若くない】

20年前のゲイからの苦情文書には、必ず「若い女性がゲイバーまで来て変な質問するので困る」って書いてあったのですが、最近「若い」が取れたのです。

テレビの啓発番組に出演する人など、著名なゲイアクティヴィストを何人かフォローするだけで「またこんなことを言われた」とか「変な人が来た」という被害報告が読めてしまうのですが、どうも犯人は中年女性らしいのです。

最近の若い人は「空気読む」ことがうまいので、面と向かって失礼なことを言うとか、あんまりしないのです。でも「同人誌とはアニパロです!」とか「負け犬よりマシ」とか言っていた世代が今ごろになってゲイに依存するのです。

一人で自由に生きているつもりだったのに、寂しくなっちゃったのです。

ゲイコミュニティのほうは、かつて「若い女には困る」と言っていた中年男性たちが本当に歳を取ってしまい、繁華街へ出て来なくなったのと入れ違いに、若い人が上京して来るようになったのです。

それを、彼らの母親のような年齢の女性が狙うのです。

で、誰よりも自分自身が「私を差しおいてゲイに結婚されちゃ困るわ」と思ってるくせに「もっと女性の人権運動に協力しなさい」とか説教するのです。orz

百歩譲って、ってのも変ですが、フェミの間抜けっぷりは昔からなのです。BL論(昔は「やおい論」)が論理の穴だらけなことが示している通りです。

でも、せめて二次創作BL同人だけは「二次創作BLみたいなことって本当にあるの?」と質問しに行ってしまう人にはなってほしくなかったです。

何度も申しますが、先方もご商売ですから、お酒を頂いたりショーを拝見させて頂いたりする繁華街として利用していいですから、都会的な夜遊びのマナーを覚えましょう。

男性が芸妓さんなどと遊ぶ時もそうですが、「彼氏いるの?」などとプライベートに介入することと説教することと興奮しすぎることは野暮です。下の下です。1980年代は終わったので「イッキ」の乗りも忘れましょう。

【感情移入論の実態】

ところで、女性キャラクターに感情移入できないからといって男性キャラクターに感情移入できるとは限りません。

「少女の人生が男性に搾取されるのは我慢がならないわ。少年の人生が男性に搾取されるのだって可哀想だわ。悪いことをする男たちの姿を見ていると本当に気分が悪くなるわ」

という感想だってあり得るのです。もし自分自身が実際に男性から性的暴力を受けた経験があれば、それを思い出してしまうので「怖くてBLも読めない」ということになるはずです。

この仮定に対して「そもそも私は性的描写・暴力描写のないBLが好きです。BLにもいろいろあります。偏見を持たないでください」という声があれば、主張に筋が通っています。

この場合は、感情移入が性別の垣根を越えて起こり得ることを批評家のほうが認めればいいのです。

そして、そういう女性は実際に女性キャラクターに感情移入できないのかどうか、統計的に必要な数のサンプルを集めて、有意差を示せばいいですね。

有意差が発見できなかったら、サンプルの採取方法を変更して調査を繰り返すか、「有意差などない」と言い切ってしまえばいいです。

なによりも重要なことは「批評の方法を一種類に限る必要はない」という点です。

【学者の意地】

当時の学者たちには「誰が依拠している学説が最も正しいか」という、メタな(明示されていない)テーマがあったのです。すなわち学者同士の競争意識を満足させるために議論していたのです。

でも「主人公が生涯の伴侶を得るまでを描いたBLに深く感情移入する女性もいれば、被害者が可哀想などと思わずに軽い気持ちで暴力BLを読む女性もいれば、両方読んじゃう女性もいる」ということを素直に認めてしまえばいいだけです。

最大の問題は、なぜ「BL読者が誰に感情移入するものか突きとめなければならない」と思っていたのかという、研究者自身の問題意識そのものです。

それは「1.57」という数字が発表された後のことであり、男性の研究者には「少女に異常が起きているのか? すべての女性が男性化してしまうのか?」という危惧があり、フェミニストはその手に乗って「その通り。女の人生は不利ですからね」というプロパガンダにつなげたのです。

当然といえば当然ながら、それぞれに自分自身の目的を追求していただけであって、BLを好む少女の将来のことは考えていなかったし、ゲイ側の被害に感情移入して再発防止策を考えてあげた人もいなかったのです。

【若く見られたかったフェミ】

1990年代のゲイ側がクレーム文書の投書先に選んだのは、コミケの運営ではなく、フェミニズム系の市販雑誌でした。文書の中でゲイは「若い女がゲイバーまで来て、ぼくらのプライバシーを侵害するので困る。とくに『やおい』は興味が偏っているので困る」と言いました。

いっぽう、文書を受け取った側である社会学者などは「やおい少女と呼ばれる未成年者がコミケで取引されている(今でいう)二次創作BLに夢中になっている」という認識でした。

ということは、未成年者がコミケのついでに夜の繁華街へ行って人権侵害しているという報告ですから、ただちに補導に向かうべきです。少女自身のためです。

未成年者が昼間の臨海地区のイベントだけでは飽き足りずに、夜の新宿区をうろついているというなら、二丁目にたどり着くまでに本人が誘拐されるかもしれないのです。

また「創作物を楽しんでもいいが、現実と区別しましょう」という人権意識の教育が必要です。漫画と現実を混同しないくらいのことは幼稚園児でも知っています。15歳前後にもなって、それさえ欠落しているというなら、重大な教育問題です。

けれども、フェミニストたちはそういうふうに考えることができませんでした。ゲイに向かって「やおいは私たちのものです!」と反論したのです。つまり自分自身を少女だと思っていたのです。

実際には、市販雑誌の編集部に勤務する人は18歳以上の成人に決まっております。また著名な大学教官・評論家などとして寄稿する人々は、アラフォー以上と想定できます。それが「わたしまだ若いのよ」と言いたかったのです。

「私たちのものです」というのは、一見すると、女性のものだから男性が検閲してはいけませんという弱者特権の主張です。でも、その陰には「私もまだ少女です」と言いたい女心がひそんでいたのです。

現代にあっても、歳を取れば取るほど「BLしか読めない女性は少女と見なされるので、少年法が適用され、あらゆる罪を免責される」という考え方にしがみついてしまうことがあります。

だから、わざと悪いことをしたり、悪いことをしたことがあると自白して「でも私のばあい、母親がトラウマになっているから大目に見てくれるでしょ?」とアピールすることがあります。本人も周囲も気をつけましょう。

【戦法が違う】

二次創作BL同人としては、議論の種になることは嬉しくないのです。

もともと注目されないために自虐したのに、そのこと自体が面白がられて学者によって照射されてしまうのでは、それこそ皮肉なのです。

このへんの機微に社会学者が気づかなかったとしたら、いかにも学校秀才的と言わなければならないでしょう。

BLは、確かに女性が社会進出した証であり、これからも「女性が書いたものが男性の価値観からして不快だという理由で弾圧されてはならない」という点において、フェミニズムなのです。

けれども、著作権問題を抱えている以上、二次創作同人はフェミ団体と一緒になって「弱者の声を挙げて行く!」ごっこしなくていいのです。

なんと申しますか、戦法が違うのです。フェミ団体がまっすぐに押し込んで行く正規軍だとしたら、同人・BLファンは民間にまぎれてる部隊みたいなもんです。それぞれ利点と欠点があり、得意な相手と苦手な相手があり、身の守り方が違うのです。

とまれ、クレームの前に、深呼吸しましょう。立ち上がったり、歩行したりすると、脳が活性化し、判断力が戻ってくるので、より有効です。

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