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二次創作BLに関する情報提供は、1974年以前でお願いします。

二次創作BLは、漫画同人または小説同人の誰かがテレビ番組を見ているうちに「こういう男たちの間でも、そういうことがあるかも」と連想したことから生じたもので、二十四年組は直接関係ありません。

現代BLの源流とされる(こともある)竹宮恵子『風と木の詩』の連載開始が1976年春。同年8月に西崎義展プロデュースによるSFテレビアニメ番組の劇場用再編集版が全国公開され、予想外の大ヒットを記録しました。これ以後、青年向けSFアニメの時代が始まります。

混ぜてはいかんものを、どっかの漫画同人か小説同人が混ぜちまって、コミケに出展しちまったのです。

コミケは、本来が漫画同人会の集まりですから「初期には少女漫画が出展されていた」というのは当然の話なのです。

主宰者からの招待状を受け取った人々の中に女子校・女子大を拠点とする漫画同好会があれば、水野英子や池田理代子を参考にした少女漫画を持って参加するのが自然ですね。

すでにその時点で二十四年組を参考にした美少年漫画も出展されていた可能性はあります。さらに森茉莉文学を自主的に漫画化したものが出展されていた可能性もあります。いずれにしても、まだアニメとは混交していません。

ただし、アニメを題材にした翻案的漫画というもの自体は、出品されても不思議ではないです。すでに手塚アニメや石ノ森アニメが放映されていたわけですから、彼らを尊敬する漫画同人が、よく似た絵柄でオリジナルストーリーを描いたということは、あり得るのです。「幻の最終回」みたいの。

家庭用ビデオデッキが普及していなかった時代に、アニメキャラクターの名前や生い立ちなどの基本設定を知っている人というのは、オンタイム視聴者か原作漫画の読者しかあり得ません。

ただし、1976年以来、1983年頃まで、実際に二次創作同人が(BLかどうかに関わらず)好んで題材に取り上げた「SFアニメ」はテレビオリジナルです。漫画原作は存在しません。

男女を問わず、プロ漫画家が後輩に「アニメプロデューサーのキャラクター商品化権を侵害しなさい」と教えることはありません。漫画家または連載誌の編集部が同人に甘い顔をしてくれるなどということもあり得ません。

だから、それは、アニメの流行を見て「いける」と思った誰か。あるいは本当にアニメが好きでよく観ていた誰かが勝手にやったことです。

最初は「シャレ」のつもりで、漫画または小説にして出展したのです。

まだ流行していない時代に「ぜったい売れる」という保障はないのですから、最初に出展した人にとって、それは「ほんの冗談」というつもりだったのです。ぜんぜん売れないか、他のアニメファンからマジで怒られたら、そう言って引っ込めるつもりだったのです。

それが予想外の展開を生んじゃったので、当人も驚いたはずです。また、それが二十四年組と混同されるようでは「まずい」と思ったはずです。本当に見つかっちゃまずいと思ったから自虐したのです。

ポスト二十四年組が「山も落ちもない」と言った時点では、ほんとうに「もっと気軽に漫画を描きましょう」というつもりだったのです。新しい漫画表現に挑戦する気持ちを表していたのです。

それを二次創作BL同人のほうで「山も落ちもないが著作権問題だけはある(から絶対に他の人に言っちゃだめよ)」という気持ちをこめて、二義的に用いたのです。つまり隠語だったのです。

けれども、そういう1970年代組の気持ちを汲み取ることができなかったのが、1980年代の中学生たちだったのです。

【定説を上書きするだけの証言は無用です】

すでに確立している定説は「1976年以降にSFアニメと耽美漫画の両方の流行から二次創作BLが派生し、1980年代に入ると第二次ベビーブーマーの成長に従って流行が加速した」というものです。

したがいまして、もし、1970年代のプロ作品の話をしているところへ「同人にも目を向けないと本当のことは分からないと思うよ」などとお節介を焼きたい人があるならば……

その発言は「自分は1970年代のプロよりも古い話を知っている」という意味でなければなりません。

「すでに1960年代に耽美文学とアニメ番組の混同が生じており、二十四年組のほうが後から真似をした」と言えるくらいでなければ「同人にも目を向けろ」という意味はないです。

現役中年なら、米沢班が晴海に居を定めてからのことは実体験して来ました。それこそ「みんな」知っています。いまさら他人に威張ってもらうまでもありません。

闇に葬られた形になっているのは、それ以前。さらに重要なのは「コミケ開催以前にアニパロ(としてのBL)が成立していたのかどうか?」です。

実際に当方んところへ殴り込んできた人は、じつは自分が1980年代に「同人やっていた」ことを自慢したり、それが売れなくなったという愚痴を聞いてほしいから「もっと同人にも目を向けろ」なんて言って来た人だったのです。

そういう自分勝手は、自分のブログで公開するといいです。

けれども1974年以前にさかのぼって「日本のサブカル」の源流をたどる旅は、耽美文学の継承をあとづける旅でもあり、日本近代文学の隠れ水脈を発掘するという歴史的意義を持つものでもあると信じます。

1961年に森茉莉作品の初出に接した方々は、当時16歳の高校1年生だったとしても、今年で72歳におなりです。1975年のコミケ初開催時には、すでに30歳。

現代の若い人は、すでにその頃から発生していた可能性があることを心に留めて、あまり笑いものにするものではないです。

ただし、当方と致しましては、そういう大ベテランを証人として引きずり出すということを本意としません。もし本当においでになるとしても、ものすごく少数派だと思います。

したがいまして、もし、ご厚意によって、1975年にコミケが初開催されるよりも前に自費出版なさったガリ版刷りの二次創作BL同人誌を公開してくださるか、そういうものを読んだことがあるという証言を公開してくださるならば、たいへん有意義であり、幸甚に存じます。

けれども、くれぐれも強制するものではございません。また、ご自身のブログやホームページやSNSで公開してくだされば充分にございます。

重要なのは、次世代が歴史的知識を共有し、くだらない喧嘩をしなくなることであって、当方に対する権力争いではありません。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。