1961年10月、小津安二郎『小早川家の秋』東宝

  26, 2017 11:06
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嗚呼もうこれでしまいか。もうしまいか。

脚本:野田高梧・小津安二郎 撮影:中井朝一 美術:下河原友雄 照明:石井長四郎 音楽:黛敏郎 録音:中川浩一 整音:下永尚 助監督:竹前重吉

昭和三十六年度芸術祭参加。宝塚映画創立十周年記念作品。東宝配給。監督五十五本目。宝塚へ行きたくなる映画。灘が近いから酒が旨いんだそうです。

で、九曜の紋の小早川さんちは造り酒屋。雁治郎を迎えて撮る古都の風情。ひとつの時代の終わりと始まり。美人女優そろい踏みですが『小早川姉妹』ではないところがみそ。こばやかわではなく、こはやがわです。ラストシーンとともに、時の流れを象徴しているのかもしれません。

まだ電話は交換台呼び出し式。ジュースはバヤリース、ビールは麒麟。瓶の置き方が作為的というと語弊がありそうですが、瓶どうしの間隔まで計算されているように思われます。長唄と端唄は違うそうです。

深みのある色合いが美しいカラー撮影。今日も土間に座り込んだ飼い犬のような目線から。すでにこの頃ワイド撮影ができたはずですが、あくまでいつもの比率。タイトルは「秋」ですが、鶏頭の赤が印象的な、秋へ向かう晩夏の風景なのです。

ここへ来て移籍ではなく、あくまで監督の所属は松竹のようです。裏話は例によってウィキペさんに丸投げしましょう。ハープシコードが美しいオープニング音楽は、さすがの黛です。

都会描写部分も「いつものセット」感すごいです。いつもの松竹ではないことを考えると、スタッフの緊張感は並々ならぬものだったかと思われます。酒場の名前はルナじゃなくて「リラ」になりました。おお、屋根にテレビアンテナが立っている……。

あえてプロフィールを確認しないまま、まずは観る派ですけれども、小津さんは絵を描く人だったか、写真を撮る人だったに違いなく、今日も「いい画を撮る」という喜びに満ちているように思われます。

老いを自覚した監督は、まるで自らの最期を撮るように老齢の男優を撮るもので、終盤のロング構図で撮られた画面の隅にたなびく白煙が蚊取り線香のそれでは「ない」ってところが心憎いです。

黛劇伴の王道ぶりがたのもしく、やっとここへ来て画と音の話法が完成したような気も致します。

さすが東宝らしくDVD特典として公開当時のパンフレットを収録しておりますけれども、当時の評論家たちが繰りかえし「枯淡の境地」という言葉を使っているのが印象的です。

小津作品は充分に笑いあり、諷刺あり、下ネタ的な要素もあって、どこが枯淡やねんというと、あの静止画のような風景描写が能楽の舞台や数奇屋建築などの日本文化を連想させるところかもしれません。

また、すでに当時「中年以上向けの映画が少ない」と感じられていたようで、なるほどこのすぐ裏には任侠・ギャング映画や石原裕次郎の音楽映画があったわけです。黒澤映画も馬をかっ飛ばしておりましたし、それらとの比較上、いかにも物静かなのです。

黒澤たちがアメリカのミュージカル映画・アクション映画に憧れたことは疑いなく、それに較べて絵巻物というか、紙芝居というか、ときに風景が人間よりも雄弁に社会と歴史を物語る小津調は、たしかに日本的なのです。

……正直に申し上げて、ときおり寝落ちしないこともないです。ハッと我に返って巻き戻すこと数回。そのへんもお能に似てるかもしれないとは言わない約束。

なお画廊の場面に使用された絵画は近代画の巨匠たちの本物だそうです。

パンフレット本文中には「BG」という言葉が見られますけれども、いまで言うOLさんを「ビジネスガール」って呼んでいたんですね。

映画の観客動員数はピークを過ぎて、大映・東宝・東映ともギャング・任侠路線にシフトしつつあったわけですが、小津は最後まで女性の味方というつもりだったと思います。船頭が多すぎて、女性が困惑する様子がきちんと描き出されておりますよね。

「なるべく」という言葉の真意を理解する男(小津作品初出演の森繁久弥)は、なかなか品性があったと思います。ライターの火、大きいっす。

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